第十回 東京に百戯を陳べ、北海に三山を起こす

東京とうけい百戯ひゃくぎ

北海ほっかいに三山を起こす





この頃、異国の者たちは隋朝に朝貢しようとそれぞれの酋長たちを遣わしており、煬帝ようだい洛陽らくように行幸中であると聞くと、みな洛陽に向かったのでございました。


煬帝はそれを喜び、彼らに中国の富貴を示そうと城内や近隣の酒館しゅかん飯店はんてんに異国の者が来店した際には上質の酒肴しゅこうを出して代金をとらぬよう命じます。


さらに、有司ゆうしに命じて街路樹には綾錦あやにしきをまとわせ、端門前の街路に歌舞や百戯を連ねさせ、百般の技芸が沿道で披露されましたため、人々はそれを観ようと街に繰り出して立錐りっすいの余地もない有様です。

▼端門は洛陽の宮城の南門にあたり、大赦の際などはここで宣言がなされました。また、その南には端門街という大街路がありました。


異国の使者たちはそれを見ると、「中国の繁華は聞き及ぶに勝る」とみなおどろうらやみ、酒館飯店で飲食する者あり、歌舞百戯を見物する者あり、それぞれに洛陽の街を楽しんでおります。


煬帝みずからは端門に据えられた楼閣の上にあり、その様子を聞き知って得意満面、密かに人を遣わして異国の者たちに問わせました。


「そなたたちのお国にはこのような繁華な街はございますかな?」


異国に聡明な者がいないわけもなく、そのような者は街路樹に張られた綾錦を指さして申します。


「我らの国にはこのような繁華はございませんが、決して衣食に乏しいわけではなく、中国のように着るに困るような貧者はおりません。このように樹々に着せるくらいであれば、貧者に着せてやる方がよほどましでしょう」


そう言い捨てるとわらって歩き去り、その言葉は煬帝の耳にも入りました。


「異国の者どもが大隋をそしって嗤うとは!そのように申した者どもはすべて首をねよ」


さすがの百官もこれを諫めないわけにはまいりません。


「遠路を越えて朝貢に訪れた者をちゅうしては、これより中国を慕う者はいなくなりましょう。しばらくは怒りを抑えて彼らの妄言を赦すのが上策でございます」


煬帝も異国と戈を交わすつもりはなく、怒りを収めて使者たちの帰国を許したのでございました。





異国の者たちの朝貢を受けて煬帝の心はいよいよ驕り、ほどなく東都とうと洛陽らくよう顕仁宮けんじんきゅうにも飽きて西都せいと長安ちょうあんに帰れば、蕭皇后しょうこうごうが出迎えて申します。


わらわのこともお忘れになって東都で遊楽しておられると聞き及んでおりました」


「朕が皇后を忘れることがあろうか。東京まで遠路の不便を思って呼ばなかったのだ」


「それでしたら、妾は東京を目にすることなく終わるのでございますか?」


蕭皇后の恨みがましい言葉を聞いて煬帝は申します。


「そうねるでない。洛陽の顕仁宮とてただの宮殿に過ぎぬ。朕はもはや飽いて傍らに遊園を造らせるつもりじゃ。完成すればともにその地で楽しめばよいではないか」


蕭皇后は喜び、煬帝のために酒宴をしつらえさせて歓飲したのでございました。





翌日、煬帝は虞世基ぐせいきに洛陽に遊園を造営するよう命じ、虞世基は洛陽の地を測量して地形を案じ、長安に戻って遊園の設計を報告いたします。


「卿の才でなくてはこの任に堪えられまい」


そう言うと、煬帝はついに遊園の造営を虞世基に命じました。


洛陽に赴任した虞世基はまず遊園となる二百里四方の地の民百姓を追い出し、数万の民が家族を携え家財を引き、泣きながら立ち去っていきます。


その姿はさながら洪水大火に遭ったようでございました。


虞世基はそれをごうも気にせず、空き地となった土地の周囲に垣を築くとその内に周囲四十里の池を五つ掘って五湖になぞらえ、水をたたえるべく長堤ちょうていを築きます。


ついで、堤の上には百歩ごとに東屋あづまやを、五十歩ごとに展望台を置き、その周囲はことごとく桃と柳の木で埋め尽くします。


五池の北には北海ほっかいと呼ぶ一回り大きな池を掘って舟遊びができるよう五胡と北海は堀で結び、池中には蓬莱ほうらい方丈ほうじょう瀛州えいしゅうの三つの神山に擬えた高さ百丈を越える大山を据え、その中腹には宮殿が建てられます。


宮殿はそれだけに止まらず、十六もの宮殿が北海と五湖を結ぶ堀の傍らにも建てられ、その四方を守るように楼閣が連なっております


建物はいずれも瑠璃るりを瓦として壁は色粘土で造られ、五湖と北海の岸は青石を使った石畳、堀の底にも五色の石を埋め込んで宮殿や東屋は金箔、綾錦、珠玉で飾り、三神山には長峰ちょうほう峻峰しゅんほうを象る奇岩巨石がそびいえたちました。


最後に、五湖と北海には皇帝が乗る龍舟りゅうしゅう鳳舸ほうかが浮かべられ、この世のものとは思えない遊園が姿を現します。


それのみならず、虞世基は珍しい草花と禽獣をことごとく洛陽に送るよう天下の郡縣に命じ、日ならず陸路水路より名花異草のみならず仙鶴せんかく錦鶏きんけい金猿きんえん青鹿せいろくの類までが遊園に運び込まれたのでございました。





いよいよ遊園は完成し、虞世基はその旨を長安にある煬帝に報じ、煬帝はすぐさま蕭皇后とともに洛陽に行幸いたします。


遊園に踏み入れば三山五湖が眼前に広がり、そちこちの美麗なる宮殿と楼閣が林間に見え隠れしておりました。


煬帝はその壮観を大いに喜び、顕仁宮の西にあたることから遊園を西苑せいえんと名づけ、十六の宮殿にそれぞれ、

第一を景名院けいめいいん

第二を迎暉院げいきいん

第三を秋聲院しゅうせいいん

第四を晨光院しんこういん

第五を明霞院めいかいん

第六を翠華院すいかいん

第七を文安院ぶんあんいん

第八を積珍院せきちんいん

第九を影紋院えいもんいん

第十を儀鳳院ぎほういん

第十一を仁智院じんちいん

第十二を清修院せいしゅういん

第十三を寶林院ほうりんいん

第十四を和明院わめいいん

第十五を綺陰院きいんいん

第十六を降陽院こうよういん

の号を賜りました。


また、五湖も東を翠光湖すいこうこ、南を迎陽湖げいようこ、西を金光湖きんこうこ、北を潔水湖けっすいこ、中央を廣明湖こうめいこと名づけられ、それらを結ぶ堀は龍鱗渠りゅうりんきょと定められたのでございます。


さらに、昨年は楊素ようそ強諫きょうかんにより沙汰さたみとなった美女狩りを再開すべく、宦官の許廷輔きょていほらを天下に遣わして美女を洛陽に送らせ、数カ月のうちに数千の美女が到着いたします。


天下より選び抜かれた美女たちはいずれも桃を欺きすももに優る美形、それを眺める煬帝は心を喜びに満たし、その中よりさらに十六人の美女を選んで四品にあたる夫人とし、十六の宮殿に住まわせました。


それに次ぐ三百二十人の美女には歌舞を習わせて美人とし、二十人ずつを十六の宮殿に分けて遊宴に備えさせ、龍舟、鳳舸、楼閣などにも十人、二十人の美女が配されてそれぞれの任を与えられ、監督にあたる西苑令せいえんれいには宦官の馬守忠ばしゅちゅうが任じられて西苑への出入りを管理することと定められたのでございます。





顕仁宮から西苑までは二、三里ほど、その間にはいささかの高低差があり、煬帝が不満に思っていると虞世基が申します。


「西苑までの御道ぎょどうはわずかな距離、整えるに労もございません。今や西苑の大工事が終わりましたので、日ならず陛下のお気に召すよう整えて御覧に入れましょう」


それより虞世基は工匠を集めて御道を整え、その幅は六、七丈もあって黄土の上に石灰を敷き、そこに龍鳳の紋を彫り込んだ白石の石畳を重ねます。


道の左右には青石で欄干らんかんを造ってその外に青松せいしょう長柳ちょうりゅうの並木を並べ、中間には駐蹕亭ちゅうひつていという皇帝の休憩所を置き、西苑の手前は橋梁として迎仙橋げいせんきょうと名づけました。


御道の周囲には侍衛の者たちが暮らす営舎が置かれて宮旗きゅうき禁旆きんはいが並木の向こうに並べられ、紅旗こうきが風に翻って緑旆りょくはいが日に輝き、春花と紅葉を一時に目にしているよう。


虞世基より完成を告げられると、煬帝はすぐさま西苑より御道を通り抜け、これらの造作に感心すること頻りでございました。


「卿の高才は一々朕の意に叶う。必ずや美官を授けて卿の功労に報いよう」


煬帝は大いに喜んで約すると虞世基を翰林院かんりんいん大学士だいがくしとし、さらに任を与えます。

▼翰林院は唐の玄宗が置いたため、隋代には存在しません。


隋朝の輦輿れんよや儀仗は文帝の治世に造られ、年を経て色も薄くなっていることが煬帝は気に入らず、新たに作り直して華麗を尽くしたいと常々考えておりました。


虞世基は獣毛じゅうもう禽羽きんうを問わず儀仗の飾りとなりそうなものを洛陽に送るよう天下の郡縣に命じ、何も送らぬようであれば罪を問うとまで厳命したのでございます。


命を受けた郡縣の官吏たちは罪にかかることを恐れ、あちらは孔雀、こちらは錦鶏と深山や海隅まで羅網らもうを張り巡らせ、万民は鼎が沸騰したかのように騒動したことでございました。

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