第三回 儲位を正して太子を奪わんと謀り、寢宮に侍りて宣華に調戲す
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時は三月の初旬、花咲き乱れる
▼陰暦ですので一月から三月が春です。
聞けば、文帝と
御苑の花はいずれも盛りにありますが、なかでも楊梅は他と異なって
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楊素は
楊素は
▼文帝楊堅は弘農郡華陰縣の名門である楊氏の出身と自称していましたので、楊素と同族ということになります。
文帝の即位よりもっとも厚遇されて折々に酒宴を
時ならず文帝と皇后が宮官の
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この時も文帝と皇后が
楊素が晋王の計略を行う機を
文帝のいぬ間に楊素は皇后に申し上げます。
「今や朝廷の内外では晋王の
▼社稷は国家の意です。
皇后はその言葉を聞くと目に涙を浮かべて言います。
「晋王は幼い頃から学問を好んで倹約を旨とする孝行息子、妻の
皇后の心中を知った楊素は、文帝が席に戻ると申し上げます。
「今や天下泰平となって将来の憂いはございません。しかし、皇太子は仁孝に欠けるところがあり、天下の主は荷が重うございましょう」
「皇太子に
文帝が驚いて言うと、楊素が畳みかけます。
「陛下はご存知ないのでございます。近頃の太子は
文帝が
「皇太子は元妃を害して妾を寵愛し、酒色に耽って父母への礼を忘れております。妾はこのことを常々憂えておりましたが、楊素は
皇后にまでそう言われると、文帝も疑いを生じずにはおられません。宮官に命じて
楊素は心中に計略の成功を喜び、数杯の酒を
首尾を聞いた晋王は大いに喜び、
買収された者たちはただ皇太子の過失を伝えて善行を隠し、文帝の耳には皇太子の悪評のみが届くようになったのでございます。
※
ある日、皇太子に謀反の
そんなこととは夢にも思わぬ皇太子は
皇太子も愚かではありません。
そこに居合わせたのが他ならぬ楊素でございます。
「このまま皇太子が文帝に会って弁明すれば、我が身に禍が降りかかろう。ここは
楊素はわざと驚いたふりをすると、皇太子の前に平伏しました。
「老臣より殿下にお伺いいたします。本日、殿下の軍士が捕らえられることをご存知でしたか」
「我はまさにそのゆえを陛下に伺うべく参ったのだ」
「聞くところ、本日早朝、殿下に
楊素に
「今すぐ陛下に見えて弁明したいところであるが、
「老臣が必ずや疑いを晴らして御覧に入れましょう。殿下は心を安んじて府にお戻り下さい」
皇太子が府に引き返していくと、楊素は
▼御史台は官吏の不正を監察する役所です。
その文には、軍士を捕らえられた皇太子は大いに怨みを言って不孝の罪は明らかであること、また、これは皇太子に従う官属たちが皇太子が早く帝位に
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「皇太子の罪悪はすでに明らか、この罪により
上表を読んだ文帝はますます怒り、皇后に問いかけました。
「父子の情と社稷のいずれが大事でございましょう」
「皇后の言に理がある。朕の意は決した」
皇后の言葉に
皇太子を廃して
この期に及んで皇太子は楊素に謀られたと覚ったものの、今となっては
涙を呑んで幽閉されるよりなく、百官の多くはその
文帝は皇后の勧めに従い、日ならず晋王を皇太子と定めたのでございました。
晋王はしてやったりと心中に喜び、上表して恩を謝するとともに礼物を揃えて楊素を
▼東宮は皇太子の居所を指します。そのため、皇太子も東宮と呼ばれる場合があります。
それより二、三日に一度は文帝と皇后に謁見して孝養を尽くし、百官には丁寧に応対して礼を尽くしたがため、みな晋王の皇太子冊立を喜ぶようになったのでございます。
※
獨孤皇后は晋王を皇太子としたことを喜んでおりましたが、時の過ぎるは無情なもの、人の命数には限りがあります。
ある日、病の床に就くとそれより数日のうちに世を去ってしまいました。
文帝の悲哀は限りなく、礼官に命じて葬儀を行わせると
皇后を喪った文帝に近づいたのが
蔡氏も陳氏に劣らぬ美女、文帝はたちまち気に入って陳氏を
ある日、文帝が病の床に就くと宣華夫人と容華夫人の二人が心を尽くして介抱しておりました。
皇太子となった晋王も見舞いに訪れて外は父帝の病を
▼憂容は憂えた表情の意です。
ある朝、皇太子が訪れると文帝の
その美貌に皇太子の心は欲情の火に
薬を飲んだ文帝が眠りにつき、宣華夫人は侍女に看病を命じて自らは身を休めるべく後宮に向かいました。
一人で後宮に向かう宣華夫人を見ると皇太子は喜んで走り寄り、その腕を掴んで引き留めたのでございます。
「宣華夫人、父帝の看病に身を労され、我は深く感謝しております。父帝は老齢になって夫人の美貌を愛され、自ら死を早めて夫人に
▼空閨の苦しみは独り身の寂しさの意です。
宣華夫人はこのようなところで皇太子に出逢って驚いておりましたが、その無礼な言葉を聞くと
皇太子はその前を
「我は平生より美女を求めておりましたが、夫人に及ぶ美貌をついぞ目にいたしませんでした。今や幸いにも夫人にお会いできた。これは
皇太子の言を聞いた宣華夫人は無礼に我を忘れ、身を
※
我に返ってみれば、宣華夫人の美貌に迷って本心を漏らし、その夫人が文帝の休む寝宮に逃げ込んでいては気が気でありません。
皇太子は急いで外殿に出ると、腹心の宮官を寝宮に遣わして様子を探らせます。
皇太子から逃れた宣華夫人が寝宮に駆け込むと、図らずも金の髪飾りが珠簾にかかって床に落ちます。
硬い響きに目を覚ました文帝が眼を転じれば、宣華夫人の顔は
「どうしてそのように慌てているのか」
文帝が再三に問うても宣華夫人は
「答えぬとは不義でも行ったのであろう。それならばお前に死を与えねばならぬ」
文帝が
「妾は陛下の御恩を
宣華夫人がそう言うも、文帝は元来性急な人、聞かずには済ませられません。
「すぐに聞かねばかえって心を悩ませる。今ここで申せ」
それを聞いても宣華夫人はただ首を垂れるのみ、再三の催促を受けるとようやく口を開き、涙を流して皇太子の無礼を訴えます。
それを聞いた文帝は怒りと呆れで物も言えません。
「
▼龍体は皇帝の身体の意です。
宣華夫人がそう言い終わる間もなく、文帝は一息を吐くと
「この畜生めにどうして大事を委ねられようか。
そう言うと、楊素を寝宮に召し出すよう詔を下したのでございました。
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