第3話見えないモノ見えるモノ
「どうして……?」
私は、マリアが私の個人情報あまりにもペラペラと話すのにあっけにとられてしまった。リタを振り返ったが、リタは肩をすくめただけで、何も教えてくれない。
意味ありげに、私を見上げてくる黒猫ミトン。
「それに、見えないモノが見える……それが原因で恋人とも別れた」
「見えないモノなんて見えないわ」
痛いところを突かれて、私は反論した。私には見えないモノがいつだって見える。夜空、空を飛ぶ小さな光の球体、部屋の中をぽんぽんはねる小さな白い毛玉、物の陰に隠れて蠢く、黒い影の何か。
それは全部、普通の人なら見えてはいけないモノだ。
「嘘はいけないわ。見えないモノが見えるのは才能よ」
私がムキになってさらに言い返そうとしようとしたところで、スミスさんが呼びかけた。
「お茶が入ったわ。特製のハーブティー」
スミスさんは、カウンターの中に入ってハーブティを淹れてくれていたみたいだ。私は気分を変えるためにため息をついて、カウンターに向かった。
マリアは、美人だけれど性格が悪い。リタが一発殴りたいと言った気持ちも分かる。
「あ、スミスさん。お店のハーブ勝手に使いましたね」
「良いじゃ無いの。どうせ売れ残りじゃない」
どうやらこの店舗のオーナーは、マリアのようだ。口では文句を言いながらも、マリアはカウンターの椅子に座り、スミスさんの淹れたお茶を一口飲んだ。紅茶を飲む姿すら、美しい。
ミトンは、マリアの膝の上に乗っかって丸くなる。
「おいしい。ローズとハイビスカスの実は定番だけれど、この酸っぱさが良いわ」
ティーカップの中には、深紅の液体が入っていて匂いからでは何のハーブを使っているか分からない。マリアは一口飲んで、ブレンドされたハーブを当てたみたいだ。スミスさんが、満足そうに微笑んでいる。
おそるおそる私もハーブティーを口にした。わずかに薔薇の芳香が鼻に広がって、すぐに強い酸味を感じる。酸っぱいけれど、後味がすっきりしている。
でも、この酸っぱさは苦手かも。
「酸っぱいのが苦手なら、蜂蜜を足すと良いわ」
マリアが小さなハニーポットを、私の方へ寄せてくれた。この酸っぱさは私には耐えられないので、言葉に甘えて、蜂蜜を足すことにする。
ハニーポットを開けると、優しい蜂蜜の甘い匂いがした。木製のハニーディッパーで少し掬い上げて、ティーカップに垂らす。黄金色の粘性のある液体がすーっと円を描いてティーカップの底に溜まる。添えられていたティースプーンでかき混ぜると、ハーブティーの水色がさらに濃い赤い色に変わった。
そっと口に含むと、レンゲの蜂蜜の優しい甘い香りが鼻と口に広がる。強く感じた酸味が和らいでとても飲みやすい。少し華やかな感じがするのは、薔薇の香りが残っているからか。
「おいしい」
私が思わず呟くと、マリアは柔らかく微笑んだ。ちょっと性格は悪いけれど、人柄は悪くないかも知れない。
「縫いぐるみが好きなの?」
私は、店に置かれている鉢植えに寄り添うように、白いテニスボールぐらいの毛玉が置かれていることに気がついた。ああいう丸い毛玉、好きな人居るよね。マリアは猫が好きみたいだし、毛玉が好きなのかも。
「やだ、ナオ。マリアはそういうのを置きそうな容姿をしているけれど、全然違うのよ」
リタが代わりに答えた。リタは、この部屋に白い球体の毛玉が置かれていることに気がついていない。
ということは、私はまた見えないモノを見えると暗に言ってしまったのだ。
「置く趣味はないわ」
マリアは、視線を植木鉢の横へとずらした。私が何を見ているのか気がついたのだ。私が再びマリアへ視線を向けると、マリアは口の端を上げて微笑んだ。
まるで、チシャ猫のようだ。
「部屋は二階がマリアが使っていて、三階が空いているわ」
スミスさんは、何事も無かったかのように話題を変えた。
今、マリアは私の見ているモノに気がついていた?
「あとで、三階を見せてもらえませんか?」
マリアのことを、もう少しだけ知りたいと思って話しかけようとしたところ、マリアのスマホが鳴り響いた。
電話だったようで、マリアが電話口に出ると2、3言、電話の相手とやりとりをして通話を切った。
「仕事だから出るわ。スミスさんお茶、ありがとう。ナオ、リタ、ゆっくりしていって」
マリアはお店の隅のハンガーにかけられていたコートを羽織ると慌ただしく出て行った。ミトンは、お店の窓辺に移動して、丸くなっている。
マリアの仕事って何かしら?ハーブ店店主じゃないの?
スミスさんに尋ねようとしたとき、お店の扉が荒々しく開いた。
お客さんかと思ったら、さきほど出て行ったばかりのマリアでだった。忘れ物だろうか。
「ナオ、私の仕事についてくる?」
マリアは、エスパーだろうか。私がマリアが何の仕事をしているか興味を持ったことに気がついている。
「ついていくわ」
いつもだったら断ったかも知れない。でも、このとき、何かが私の背中を後押ししていた。
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