第13話美少年の正体

「おい、人間」


 白皙の美少年が、腕を組み、仁王立ちした状態で私に呼びかけた。金髪は豪奢な冠のようにきらきら輝いているし、肌は白く透き通るようなきめの細やかさで、頬に触るとぷにぷにしていそうだ。紫色の瞳に、どこかで見たことあるかも?と思ったが、思い出せない。均整の取れた体付きは青年と少年の間で、アンバランスな魅力があった。

 白いシャツに黒いベストと同系色のパンツをモデルのように着こなしている。


でも、私はこの年頃の少年から、「人間」と呼びかけられるような知り合いはいない。


「さきほどは、よくもまるっと洗ってくれたな」


 ぷりぷりと彼は、お怒りのようだ。私は少年をまるっと洗い上げたことは人生において、一度もない。

そう、少年を洗ったことは無いが……さきほど、トカゲは洗った。


「だから、言ったでしょう。エーミルはティーンで雄だと」


 マリアが、中々部屋に入ってこない私の様子を見に来て言った。私は手にしていたマルシェバックを床に落とした。



 え……なんですって……?


 私は思考が停止した。


「マリア、僕は、この馬鹿な人間を丸洗いするぞ!」


 美少年が私に近づいてきて、ひょいと抱え上げる。お姫様だっこのような優雅な物では無い。俵を担ぐような抱え方だ。筋肉はついていそうな体型だったが、成人の女性を片手で持ち上げるような怪力には見えない。


「どんなに屈辱だったか……お前も味わうといい!」


 彼は、部屋から出て三階への階段を登ろうとする。このままだと、私の部屋のバスルームに直行されてしまう。


「やだ、やだ……待って!無理無理!」


 私は必死に抗議するが、彼はまったく意に返さない。マッチョというわけではないのに、肩の上で暴れる私にびくともしないなんて、おかしい。


「エーミル、それぐらいにしてあげて。女性相手に大人げないわ」

「僕を丸洗いしたんだぞ」

「そんなだから、百年以上生きているのに、ティーンの姿にしかなれないのよ」


 マリアの馬鹿にしたような言い方に、美少年は押し黙った。しぶしぶ、私を床に降ろしてくれる。


 やっぱり、この美少年、トカゲもどきなの?


「誇り高きドラゴン族を弄んだことは許そう。寛容な僕に感謝するんだな!」


 エーミルは、相変わらずぷりぷり怒っていたが、そのアメジスト色の瞳が苛烈に煌めいていて、とても綺麗だ。


 ドラゴン族だって自分で言っているし。


 エーミルは、ツンツンした態度のままリビングルームへと戻っていった。私は、床に落としてしまったマルシェバックを拾い上げた。

 中身は無事だ。


 私はキッチンへ向かってランチの支度を始めた。冷蔵庫からタマネギをだしてオニオンスープ用に輪切り。セロリアックはサラダ用にくし切り。セロリは茎の部分を薄切りにする。リンゴは皮を付けたまま、芯を取って角切りにする。サラダ用のセロリアック、セロリリンゴはボウルに入れて、レモンとオリーブオイル、白ワインビネガーで作ったドレッシングであえて、冷蔵庫に一旦しまう。


 次に、燻製ソーセージと燻製ハムを一口サイズに切る。フライパンにバターを溶かして、みじん切りのにんにくと、ソーセージ、ハム、刻んだエシャロットを炒める。ニンニクの食欲をそそるいい匂いがする。エシャロットが柔らかくなったら、じゃがいも、人参、ビーツ、赤ワイン、ビーフブイヨンの素を加える。

 弱火で、15分ぐらいジャガイモが柔らかくなるまで煮る。

 その間に、オニオンスープ用に鍋にバターを溶かし、タマネギをじっくり炒め始める。玉ねぎの甘い香りがし始める。

 色が変わり始めたら、塩をふって水を注ぎ入れる。

 そこが抜けないパイ皿にフライパンで炒めた肉と野菜を移し入れて、煮汁はコーンスターチでとろみを付けて、パイ皿に入れる。冷凍パイ生地を薄くのばして、パイ皿に蓋をする。ナイフでパイ皿からはみ出た生地を切り落とす。

 予熱したオーブンにパイ皿を入れて、タイマーを15分。

 サラダに使う燻製の鱈を、小鍋で牛乳と胡椒、ナツメグで柔らかくなるまで煮る。煮上がったら、フォークでほぐして、冷えてきたら冷蔵庫に仕舞っていたサラダと和える。

 タマネギのスープは、味を見て、塩と胡椒を追加する。


 もうすぐ、パイが焼き上がる。香ばしい良い香りがキッチンに広がる。


 サラダをお皿に盛り付け、刻んだチャイブを振りかけ、ポーチドエッグを乗せる。オニオンスープは、カフェラテボウルに注いだ。

 焼き上がったパイは、食卓で取り分けることにしよう。


 私は三人分の料理をテーブルに並べた。マリアとエーミルが席に着く。


 今日のランチは、燻製ソーセージとハムのパイ、オニオンスープ、鱈とセロリのサラダ。あと、一日経って堅くなったフランスパン。


「美味しそう。ナオって料理上手なのね」


 マリアが並べられた食事を見て、感心したように言った。目を細めて猫のように微笑む。


「俺の分は?」


 ミトンが、一目散に私に駆け寄ってきて体をすり寄せる。なかなか触らせてくれないのに、こういう甘えたことはしてくるから、可愛い。


「ミトンには、冷蔵庫に入っているササミとササミスープあげておいて」


 マリアがまだキッチンにいた私に、伝える。冷蔵庫をあけて、ミトン用とラベリングされた保存容器から、ササミと、スープをミトン専用の食器に空けた。


「こんなに贅沢な物食べてるのね」

「グルメよ。ペットフードは食べないから」


 私はダイニングルームにある、ミトンの首の高さに合わせた、えさ置き場に専用の食器を置くとミトンは夢中になって食べ始めた。


「僕たちも食べよう。……ナオの料理は人間にしては美味しそうだ」


 あれ?ちょっとは機嫌なおったのかな……?

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