第12話トカゲもどきとシャワー

 また、ドラゴンの話だ。確かにマリアと一緒に行動していて、不思議な現象はいくつか経験した。街灯と同じぐらい光り輝く球体のウィルオー・ウィスプは見たし、不思議な鱗で覆われたトカゲもどきも見た。

 でも、だからって、それを。存在を信じることは、できない。


「さて、エーミルの具合はどうかな?」


「エーミル?」


「昨日保護したドラゴンの名前。知り合いの弟と言ったはずだわ」


 トカゲもどきを弟に持つ知り合いなんて、いないので理解できない事柄として処理していた。


「傷は治っているし、……今のうちにお風呂に入れようかしら。だいぶ汚いのよね」


 トカゲもどきは傷口の周囲だけは消毒されていたが、全体的にほこりっぽい。


「私がやろうか?」


 トカゲもどきはなんだかよく分からない生物だが、動物の世話をするのは好きだ。ミトンは撫でさせてくれないので、トカゲもどきで我慢する。


「いいの?この子、雄よ」


「トカゲもどきでしょ?平気」


 トカゲは雄も雌もよく分からないし。


「もう一度、警告するけど、雄で、ティーンなの」


「トカゲなら平気だって」


 マリアは、本当に平気かな?という視線から諦めたような表情に変わって、トカゲもどきを渡してくれた。おっと、エーミルと呼んだ方がいいのかな。


「シャワーは、奥の部屋使って」


 店舗の奥にはスタッフ専用と書かれた扉があって、そこには水回りが完備されていた。収穫したハーブをまとめて処理するためにあるらしい。流し台の中にエーミルをそっと置いて、シャワーからお湯を出す。


 エーミルは、お湯がかかったことで目を覚ましたみたい。アメジストの瞳だ。きょろきょろ当たりの様子を伺っているようだったが、私が気にせずシャワーをかけると、諦めたように大人しくしている。


 シャワーを浴びるのは、嫌じゃ無いみたいだ。


「マリア、この子ってソープで洗って良いの?」


「大丈夫だけど、ちょっと、そのデリケートだと思うから、えーと」


 マリアにしては珍しく歯切れの悪い回答が、ドア越しに聞こえた。大人しくしてくれているうちに洗ってしまおうと、私は備え付けのソープを泡立てて、トカゲもどきを洗い出した。頭や背中を洗っているうちは、大人しかったが、尻尾や尻尾の付け根あたりを洗うのは嫌がった。

 敏感な部分だから、嫌がるんだろうか?私は構わず押さえ込んでぱぱっと洗う。洗わないわけにはいかないし、嫌がるなら、さっとやって終わらせた方がいい。

 なんか、きゅんきゅん鳴いているけれど、ミトンと違って人間の言葉を話さないから、何を言っているか分からない。


 もう一度シャワーをかけて、泡を洗い落とす。すっかり綺麗になって、鱗が瞳と同じアメジスト色に煌めいている。角度によっては、薄い夕焼け色にも見えるし、不思議な鱗だ。

 タオルで全身を拭いて、抱き上げるとエーミルは、しゅんと大人しくなっていた。

 店舗に戻った私とエーミルを見て、マリアは、何か言いたそうにしていたけれど、言葉を飲み込んでいた。

 マリアが言葉を飲み込むなんて、本当に珍しい。


「私は警告したわよ」


 窓際のクッションの上に座り込んだエーミルは、あいかわらずきゅんきゅん鳴いていて、マリアはそれに答えていた。

 あの言葉がわかるなんて、マリアはただ者では無い。実はトカゲもどきの鳴き声なんて理解してないけれど、適当に回答している可能性も捨てきれない。


「今日のランチ私が当番だけれど、なにか食べたいものある?」


 料理は当番制にすることにした。私もマリアも困らない程度には料理が出来るので、そう負担にはならない。

 冷蔵庫の中身は少なかったので、ランチを食べるには買い出しに行く必要がある。


「なんでもいいわ。ただ、三人分用意しておいて」


「誰か来るの?」


「帰ってくれば分かるわ」


 マリアが意味深に言うので、私は腑に落ちないながらも、近くのマーケットへ買い物に向かった。




 なんでもいい、が一番困る。マーケットの買い物かごを手にして、私は思った。イギリス料理がまずいというのは、今は昔のことで、最近では美味しい料理を出す店が増えている。様々な国の人が集まるから、それぞれの故郷の味がミックスされて、新たな料理が生まれているのだ。

 ランチだし、適当にパイを焼いて、サラダとスープを提供すればいいか。燻製ハムと燻製ソーセージのパイ、セロリと燻製鱈のサラダ、オニオンスープなんてどうかしら?

 私はマーケットで、冷凍のパイ生地と、燻製のハム、ソーセージ、セロリ、エシャロット、セロリアックを買った。


 アパートに帰ってくると、魔女の店は「昼休憩中」の札が店舗入り口にかかっていた。マリアは居住スペースに戻ったみたいだ。

 私が二階の扉を開けると、そこには見たことの無い美少年が、腕組みをして意味ありげにこちらを見下ろしていた。

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