第11話マリアの冴えた考え


 セイヤーズ警部は、事件に関することをマリアに話したそうだったので、私が席を外そうとするとマリアに止められた。


「セイヤーズ警部が私を頼るということは、『あってはならないモノ』を見つけたということでしょ?ナオもその才能があるから、聞いておいた方が良いわ」


 『あってはならないモノ』の言い方がたっぷりと含みを持たせてマリアが言った。マリアの言うことを全面的に信頼しているのか、セイヤーズ警部も私が同席することを許可してくれた。


「被害者や発見場所は、新聞などで確認してくれ。マスコミにも公開していないのはこれだ」


 セイヤーズ警部が、ビニール袋に入った小さな小瓶を見せてくれた。小瓶の中はからっぽだ。コルクで栓をしていたようで、別の袋にコルク栓が入っていた。


「この小瓶が現場に落ちていた。鑑識に回したところ、小瓶には液体が満ちていたらしい」


 話を聞いているマリアの目が、面白い物をみつけたように煌めく。


「液体の正体がわからない。動物の血液だろう、と思われているが、何の動物かわからない」


「分析結果は?」


「持ち出せるわけが無いだろう。おそらく……遺伝子分析をかけているが、正体不明になりそうだ」


 マリアは、あごに手を当てて考え込んでいたが、やがて矢継ぎ早に質問をし始めた。


「その液体と同じ物が被害者の口腔内から発見された?」


「そうだ」


「小瓶はいつも二つみつかる?」


「そうだ」


「今のところ被害者に共通点はなく、持病の持ち主もいない?」


「そうだ……まるで、捜査記録を読んでいるようだな」


 セイヤーズ警部の褒め言葉に、マリアは上品に頷いて賛辞に答えた。


「ここで、プロファイルの真似事でもしてみましょうか」


 マリアは、自分のスマホで連続殺人事件のあらましが書かれているサイトを表示した。


「事件の発端は、一ヶ月前、肝試しのため、廃墟へ夜中に訪れた学生のグループが死体を発見したこと。被害者は、インターンの学生。第二の被害者はそれから三日後、公園の清掃員が早朝発見した。公園の奥の雑木林の中。被害者は小さな会社の会社役員。第三の被害者は、次の日。ロンドン市内の空き家で、第一発見者は空き家の持ち主。被害者は、水商売の女性。第四の被害者はそれから十日後、同じく空きビルで主婦が発見される。……彼らには、共通の知人も、共通の趣味などもなく、まったく関連性がない」


「その通り」


「しかし、死因は同じ。小瓶の液体を嚥下したこと。彼らには持病がないので、突然の病死はほぼあり得ない……解剖の結果は?」


「病死はあり得ないと結果がでている」


「ただひとつ、彼らの共通点があるわ」


 マリアは、得意げに笑った。セイヤーズ警部がカウンターから身を乗り出して、続きを促す。


「犯人よ。みんな犯人と二人きりで会っている。小瓶の数が二つしかなかったのがその証拠。彼らは、なんらかしらの方法で、犯人と二人で会い、二人で小瓶を煽った。そして、一人が死んだ」


 マリアはブレンドティーを作った道具を片付け始めた。


「この人は人畜無害そうだ、という人物よ。男性でも、女性でも、見るからにいい人、もしくは、無害そうな人。……男性だったら、ある程度の社会的地位がありそうで、清潔感がある見た目。もしかしたら、上等なスーツを着ているかも知れないわ。女性なら、優しく包み込んでくれそうで、清潔感がある見た目。上等なスーツか、ワンピースドレスを着ているかも知れないわ」


 そんな曖昧な人物、ロンドン市内にたくさんいそう。


「人との会話が巧みな人ね。仮に犯人は被害者と初対面だとしたら、殆どの人は警戒して人気の無い場所に二人きりになろうとはしないはず」


 さすがにマリアもあまり具体的なことは、わかってなさそう。それでも、セイヤーズ警部は、思い当たることがあるのか手帳にメモをしている。二日酔いに効くマリアの特製ブレンドを二袋分、購入してセイヤーズ警部は帰っていった。


「結局、あの小瓶には何が入っていたの?」


「さてね……ある程度検討はついているが、成分表を見せてくれないことには何も言えない。私の考えが当たれば、あの小瓶はこちらで回収して、小瓶の存在は無かったことになるだろう」


 あの小瓶って重要な物的証拠だと思うけど、無かったことにしちゃうの?


 私が不思議そうにしているのが分かったのか、マリアは言葉を続けた。


「正体不明の動物……つまり、ドラゴンなどの幻想動物の血液が小瓶を満たしていた可能性が高いから」


 

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