第10話連続殺人事件への招待状
魔女の店って一体何だろう。
マリアの後に続いて、私も階下へ降りる。
イギリスだと、一階をグランドフロア。二階を一階って言うんだよね。会話の時に、階数指定を気をつけないと、っていつも気にする。
外は、この季節らしく暗くどんよりしている。近くのモールの店頭にはクリスマス飾りが並び初めていた。マリアの店はクリスマス飾りが並んでいない。クリスマス飾りで、店内をデコレーションもしていない。
窓際の一番暖かい場所に、トカゲもどきがクッションの上に丸くなって眠っていた。連れ帰った後、マリアが傷の手当てをしたと言っていた。
こじんまりとした店舗だが、棚という棚には色々な瓶や缶が所狭しと並んでいる。全部ハーブを使った加工品で、石けんや、化粧水、クリーム、コーディアル、ハーブティーと揃っている。
また、菓子類も扱っていて、今月のおすすめは「サーフケーキ」とポップがついていた。
「サーフケーキって何?」
見た目はリンゴの入ったカップケーキみたい。デコレーションされていないから、素朴な感じ。
「魔女が新年に食べるケーキよ」
マリアはカウンターの内側の椅子に陣取った。ちゃんと店主に見える。
「これ、二ヶ月も持つの?」
今は、十一月。年明けまで冷蔵庫で保存できるケーキには見えないんだけれど、それは魔女だから気にしないのかしら?
「今が年明け。魔女の年明けは11月1日よ」
魔女の年明けは、「サーオインの祭り」と呼んでサーフケーキを食べて祝うらしい。この時期は、身を清めて将来を見つめるために、サーフケーキを食べるんだそうだ。
日本のおせち……とはまたちょっと違うのかな。あれは験担ぎで「良いことがありますように!」という食べ物だし。
「買いに来る人居るの?」
そもそもこの店、誰向けのお店なんだろう。ナチュラル志向の人は、こういったハーブを使った加工品を買いに来てくれそうだけれど、コヴェント・ガーデンはそういったお店の激戦区だしなぁ。
「いるわよ。ほら」
ちょうど良いタイミングで、お店の扉が開いた。体格のがっしりした長身の男性だ。眉間にシワが寄っていて、迫力がある。顔色も僅かに悪い。
こういった店に男性が一人で来店するのも珍しい。
「招かざる客だわ」
「そういうなって、俺も立派な客だろう……あれ?本当にお客さんが来ているのか?」
マリアの知人のようで、カウンターにやってきて慣れたように椅子に座った。
マリアは眉間に深くしわが刻まれている。店にやってきた男性は、私を見るなり驚いたように肩をすくめた。
「今日から一緒に住んでいる、ナオ・ニレイよ。ナオ、こちらはスコットランドヤードのエイドリアン・セイヤーズ警部」
マリアが私を紹介してくれたときに、セイヤーズ警部は目を丸くして私を上から下までじっくり見た。
そんなにマリアと一緒に住んでいる、というのは驚きを伴うものなのかしら?
「よろしくお願いします。ナオと呼んでください」
「俺のことは、エイドリアンと。困ったことがあったら相談してくれ。力になれるか分からないけれど、担当の部署に紹介することはできる」
年の頃は、40歳前後だろうか。働き盛りで頼りになる警部っていう印象だ。短く切った金髪に、青い瞳、渋さが加わってきた整った顔立ち。筋肉も確りついているのが服の上からでも分かるので、さぞかし女性に人気がありそう。
「マリアの知恵を借りに来たんだ」
マリアはセイヤーズ警部の話をまったく聞いていない。背を向けてハーブが並んでいる瓶をごそごそとなにかやっている。やがて、二つの瓶を抱えて、セイヤーズ警部の前に置いた。
「二日酔いに効くお茶を調合するの。一袋8ポンド」
マリアは、カウンターの上にペパーミント、ローズマリー、ターメリック、ショウガ、アンゴスチュラビターズを並べる。
ペパーミントとローズマリ-の枝から葉だけをむしり、ティーポットへ入れる。ショウガは刻んで同じようにティーポットへ入れた。薬缶から熱湯をティーポットに注いで、5分用の砂時計をひっくり返した。
「これは、試飲用」
「何故、俺が二日酔いに効くお茶が欲しいと思った?」
「顔に全て出てるわ」
マリアは、ティーポットを傾けてカップに注ぐ。緑茶よりも少し茶色味を帯びた水色のお茶が注がれる。ミントの爽やかな香りが辺りに広がる。
マリアは刻んで、小さなすり鉢で粉にしたターメリックとアンガスチュラビダースを少量カップに入れた。アンガスチュラビダースて、お酒なんだけど二日酔いに効くの?
セイヤーズ警部に、カップを渡す。セイヤーズ警部は湯気の出るカップを受け取って、マリアに先を促した。
「少し前に、貴方の相棒のデヴィッドが来て、結婚することになったと教えてくれたの。面倒見のいい貴方のことだから、チーム全員でお祝いしたのでは?と推理したのよ」
「なるほど。聞けば大したことじゃないが、いきなり当てられるとドキッとするな」
セイヤーズ警部は、カップの中を一口飲んだ。苦そうな表情をしている。マリアがそっとハニーポットをセイヤーズ警部の方へと寄せた。
「ふた袋買っていこう。これで、協力してくれるな」
「値段分の働きよ」
「連続殺人事件について意見がききたい」
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