第9話魔女の店

 マリアは、きょとんとした表情で私に振り返った。思わず、ミトンが人語を話したことを言ってしまったけれど、実は私にしかミトンの話している言葉が分かって居なかった場合、また、元彼にフラれたときと同じように「気持ち悪い」ってマリアに言われるのだろうか。


 マリアは、私の表情をみて呆れたようにため息をついた。私はそれに肩を震わせる。


「ミトン!話しかけるときは言葉を選んでっていったでしょう」


「怒るなマリア。俺の美猫ぶりが誰も放っておいてはくれないんだ。もちろん、第一夫人の座はマリア以外にはやらないが」


 なんでもないことのように、マリアとミトンが話し始めた。


 まって、待ってミトンは猫、すこぶる美貌だけれど猫!


 マリアは私がわたわたしているのも気にしないで、ダイニングテーブルの上に新聞を広げ始めた。一社だけでは無くて有名どころの新聞を何社も購読しているようだ。


「マリア、俺の毛づくろいをしろ」


「第四夫人のナオの手が空いているわよ」


 椅子に座って、新聞紙を机に広げて読み出したマリアの目の前にミトンが座り込んだ。読んでいる記事を隠され、マリアは不機嫌だ。


「俺はお前が良いんだ」


 ミトンが熱くマリアへの思いを語る。マリアはミトンがまったく動く気配が無いことを察して、ため息をつきながらダイニングルームにあるアンティークな棚の引き出しを開けた。引き出しの中から、猫用のブラシをマリアは取り出した。


 ……私、何を見せられてるんだろう。


 ミトンがマリアの膝の上に乗っかって、気持ちよさそうにブラッシングを受け入れている。

 私はキッチンでお茶を入れることにした。


 アーマッドのイングリッシュブレックファーストが缶入りで棚に並んでいたので、それを淹れることにした。

 薬缶に水を入れてコンロに載せて火を付ける。お湯が沸くまでの間にティーポットとカップの準備をする。


「マリア。お茶飲む?」


「飲むわ。ストレートで」


 お湯が沸いたらティーポットとカップに注いで器を温める。薬缶に水を追加して、もう一度火にかける。再び沸騰してきたら、ティーポットのお湯を捨てる。紅茶の缶を開けると、茶葉のいい香りがする。イングリッシュブレックファーストの缶から、人数分プラス1杯、茶葉をサジで掬って入れる。薬缶を高い位置に持って、しっかり沸騰したお湯を勢いよく注ぎ入れる。あたりに紅茶の香りが広がる。保温のために、ティーコゼーを被せた。


 このキッチン、ちゃんと3分用の砂時計まで置いてある。


 砂時計をひっくり返して砂が落ちるのを待つ。時間がきたら、ティーコゼーを外して、ポットを持ち上げてポットの底に片手を添えて一周くるっと水平に回す。ティーカップのお湯を捨てて、人数分に紅茶を平等に回し注ぎする。


 ティーポットから紅茶を注ぐと、茶葉の良い香りがさらに広がる。アーマッドのイングリッシュブレックファーストは味が確り濃いから、ミルクティーにしても良かったかなぁ。


 私は湯気が立ち上るティーカップをマリアに渡した。マリアは、ミトンのブラッシングを終えて新聞を再び読み始めていた。ミトンは、すでにダイニングルームには居なかった。


「あれは、私の使い魔なの」


「ミトンのこと?」


「そう、魔女になったときに契約したんだけど、自分のことを王子様だと思っている中二病猫よ」


 中二病猫。人語を話していたから、びっくりしたけれど、自分が一番可愛い、その他は自分の家来!と思っているところは、猫ってそんな性格のような気もする。


 あれ?いま、さらっとマリア、自分を『魔女』って。


「知らなかったの?店名にも書いてあるでしょ。『魔女マリアの店』って」


 ここら辺はナチュラル志向のお店がたくさん集まっているから、怪しい店名もうまくカモフラージュされている。


「新聞記事、何か面白いのでもあるの?」


 先ほどから熱心にマリアは色んな新聞を読んでいる。大体どこの新聞社も取り上げているのが、「連続殺人事件」だ。

 ロンドン市内で起きている事件で、テレビの報道番組やWebサイトのニュース記事でも取り上げられている。

 事件のあらましは、ロンドン市内の人目のつかない場所、廃墟や空き倉庫などで死体が見つかったのだ。殺された人に共通点はなく、死亡原因が不明。争った跡もないので、当初は病死と報道されていたのだが、突如、殺人事件に切り替えられていた。きっとマスコミには公開されていない何かが現場でみつかったのだろう。

 ただ、共通点が見つからないということは、いつ、誰が、次の犠牲者になるか分からないので、ここ数日、夜の外食は控えている人がいるようだ。売り上げがいつもより少ないとニュース番組のインタビューに答えている飲食店従業員の姿があった。


「不気味な事件ね。用心しないと」


「そろそろ店を開けようかな。ナオも来る?昨日捕まえたドラゴンも店舗にいるわ」


 マリアは広げていた新聞紙を畳んでテーブルの上に置いた。


「マリアって何の店を経営してるの?」


「魔女の店」


 マリアは答えながら、階段を降りていく。


 それ、全然答えになってないと思うんだけど!

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