第16話忍び寄る気配
「毒を飲んでも平気な手段を、犯人は持っているということか。そうなると、医学知識がないと難しいな」
「それが、毒物なら医学知識でしょうけど。まだ、なんだかわからないのでしょう?」
「そっちは成分分析中だ」
「犯人は、初対面の相手にも得体の知れない小瓶の中身を飲ませるように仕向けられる、普通の人よ」
マリアは、あごに手を当てて暫く考えた後、私の方へと振り向いた。
「ナオ、気をつけてね」
「なんで私?」
「私は外に出ることは、ほぼ無いし。ナオは、明日、初めてここから出勤するでしょう?」
「ロンドン市内は広いから、大丈夫だって」
私のお気楽な回答に、マリアは深刻そうな表情をして、被害者を指し示す赤い丸印を時系列順に指で辿ったいく。
「ほら、だんだんコヴェント・ガーデンに近づいてきてるわ」
マリアが言うと、説得力あるからやめて!!
セイヤーズ警部は、少しだけお茶を楽しんで仕事に戻っていった。何かしら手がかりが掴めるといいのだけれど。セイヤーズ警部は、マリアの忠告を真に受けて、ここら辺のパトロールに人を配置してくれるようだ。
ここは、女所帯だし、殺人鬼がロンドン市内をうろうろしているから、心強い。
「お腹すいた」
マリアの部屋からエーミルがでてきた。豪奢な金髪がぼさぼさだ。マリアのベッドでふて寝でもしていたのかもしれない。
あ、マーキングって頭をこすりつけたりするんだっけ?
「アペロ代わりに、何か作るわ」
アペロとはアペリティフの略で元々は、食前酒を指すフランス語だったが、今では食前酒を飲みながら楽しく過ごす時間を指す言葉に変わった。
さすがに未成年に見えるエーミルには、お酒はだせないけれど、おつまみを食べて腹の足しにしてくれればいいかな。
私は冷蔵庫を開けた。中途半端な大きさのレンコンを見つけた。そういえば、棚にはパスタもあったはず。
まずは、レンコンをスライサーで薄く切って水にさらす。次に、パスタは一人分の半分ぐらいの量を半分に折る。
鉄鍋に揚げ油を少量入れて、油を温める。レンコンの水気をペーパータオルでよく切って、小麦粉をまぶしておく。
小麦粉を少量、油に落とす。泡を立てながらすぐに上がってきたので、温度もちょうど良さそうだ。レンコンの薄切りをそっと鍋に落とす。すぐにぱちぱちと音を立てながら、レンコンが上にあがってくる。ちょっと色がつき始めたので、揚げ網でレンコンを掬い上げていく。
油切りの上にレンコンを乗せて、次にパスタを半分に折ったのを入れる。
こちらもすぐにぱちぱち音を立てる。火が入ることでパスタが少し膨らむ。これもすぐに揚がるので、揚げ網でどんどん掬い上げていく。
レンコンには、塩と胡椒。パスタを揚げた物には、カレー粉をまぶす。
パスタを揚げた物は、カップに立てて盛り、レンコンは紙を敷いた小さな籠にこんもりとした山になるように盛り付けた。
「レンコンチップスとパスタのグリッシーニよ」
エーミルは目を輝かせて、レンコンチップスを手に取った。口に入れると、さくっと音がしてよく揚がっている。彼は気に入ったようで、レンコンチップスを食べている。パスタのグリッシーニも食べてくれているので、まずくはないようだ。
「これ、美味しい。さくっとしてて、もっと食べたくなる」
エーミルは歯ごたえのある食べ物が好きなのかも知れない。レンコンチップスとパスタのグリッシーニはお気に召したようだ。エーミルは満足そうにため息をついて、椅子にもたれかかる。
「何食べてるんだ?」
ご近所パトロールを終えたのか、ミトンが部屋に入ってきて、私に近づいてきた。
今日こそ、触らせてもらわなきゃ……!
私は、膝をついて座りミトンの鼻先にそっと指を差し出す。ミトンは、ふんふん私の指先の匂いを嗅ぐと、頭を手のひらにこすりつけてきた。
これは、お触りOKのお許しでは……!
私は、ミトンの頭を撫でて、そのまま背中を撫でる。
「レンコンチップスと、パスタのグリッシーニよ。味が濃いから、ミトンにはあげられないな」
マリアは使い魔といっていたけど、猫にあげるには躊躇する食べ物だ。
「おやつくれ!」
ミトンが床についた私の膝を、前足でふみふみし始めた。肉球のぷにぷにした感触が、私の膝に伝わる。
「あげたいけど、いつも何をマリアがあげてるのか分からないからダメだよ」
甘えてくるミトンのあごの下を撫でる。ミトンは気持ちよさそうに目を瞑った。両耳をぴくぴくっとさせた後、私の膝をふみふみするのを辞めて、二階の入り口へ、ミトンは向かった。
マリアが戻ってきたのかな?
扉が開いて、入ってきたのはスミスさんだ。ミトンは、「みゃぁ」と甘えた声で鳴いて出迎えている。
私よりも、スミスさんが好きか、ミトン。
「こんにちは、ナオ。マリアが夕食を一緒に、と誘ってくれたから、早いけれど遊びに来ちゃったの」
「どうぞ、スミスさん。お茶入れますね」
エーミルもいるんだけれど、どうするんだろう。事情を知っていそうなマリアが居てくれた方が良いのに。
「こんにちは、マダム」
エーミルは、私に対する態度と全然違い、立派な紳士としてスミスさんに挨拶をしている。
「あら、久しぶりエーミル。いらしてたのね」
スミスさんとは旧知の仲らしい。マリアは、エーミルのことを、どう説明してるんだろう。
「ますます男ぶりが上がって。女の子が放っておかないわね」
「いえ、そんな。マダムのように素敵なレディには会えていません」
エーミルが謙遜した挙げ句、他人を褒めたですって……!私と態度が違いすぎる。
私は、エーミルの態度の違いに愕然としながらスミスさん用に紅茶を淹れた。今回は、さっき淹れた紅茶の二煎目だ。
「スミスさんは、エーミルと知り合いなんですね」
「ええ。元々、ボランティアで悩み事を抱える学生達の支援活動をしていたのだけれど、そこでマリアから、親戚で助けが必要な学生がいる、と紹介されたの」
エーミルが悩み事を抱えているような青少年には見えないのだけれど、マリアとしてはそう紹介するしかなかったのだろう。
「あら?エーミルは、なぜ、こちらに?まだ学期中だから寮生活よね?」
「え?エーミルって寮生活なの?」
寮生活なんて、できてるの?「俺は、ドラゴンだ」とか言ったところで、同級生たちからは、「何言ってるんだ中二病」とか言われて、秒殺されそう。
「彼、イートン校なのよ」
イートン校といえば、超がつく名門男子校だ。全生徒が寮生活を送る。
言われてみれば、エーミルが来ている黒いベストとパンツはイートン校の制服だ。
意外すぎる。本当に学生やってるんだ。
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