第18話エーミルの保護者


 アパートの住人専用の入り口を開けて、階段を駆け上がる。二階の扉を開けると、ディナーの準備をしているマリアと視線が合った。


「どうしたの?ナオ」


 手にしていた皿をテーブルに置いて、マリアが小首をかしげた。


「知らない人がずっと後を付けてきたの」


 私は後ろ手で扉を閉じる。ここまで着いてきていないと思うけれど、やっぱり心配だ。


「ここまで来れば大丈夫よ。スミスさんもいるし、私も、エーミルもいるわ」


 マリアとエーミルの強さは、この間の元彼襲撃事件の時に思い知ったけれど、なんでスミスさん……?


「スミスさんは……ふふっ……ああ見えて、とても頼りになる人なのよ」


 マリアは意味深に笑って、キッチンに戻った。マリアの戻ったキッチンから、クリーミーな香りがする。今日のディナーは期待できそう。


 私がすっかり安心して、上の階にある自分の部屋に一旦荷物を置きに戻ろうと、二階の扉を開けた。扉を開けた先に、人が立っていた。


 見たことある……!私をつけてきた人だ。

 うそ、着いてきたの!


 私は部屋にもう一度入り、マリアに向かって言った。


「大変!ついてきちゃった」


 私の言葉を聞いて、マリアがキッチンから飛び出してきて、私を背後に追いやる。彼女の手にはヘラが握られていて、短剣のように構えている。


「なんだ、マリア、随分な出迎えだな」


 私の後をつけてきた男性は、マリアの存在を認めると、大げさに肩をすくめた。


 え?え??


「ジェームズ……ナオをつけ回したの?スコットランド・ヤードに通報するわよ」


 マリアはヘラを指揮棒のように振って、怒っている。


「ファミリアのマリアと弟のエーミルが一緒に生活している相手と知ってね。どんな人物か調査を」


 彼は、気取った口調でマリアを諫めている。英語の発音から、とても教養がありそうだ。マリアはため息をついて、背後でぼんやり事の成り行きを見ていた私の方へ振り返った。


「ナオ、紹介するわ。エーミルの兄で保護者のジェームズ。ジェームズ、こちらはルームメイトのナオよ」


 エーミルの兄?え?父親では無くて?ジェームズは、四十代に見える。エーミルの父親の方が納得がいく。しかも、兄っていうことは、あれなの?トカゲもどきなの?


「正真正銘の兄弟よ。ジェームズもドラゴンなの」


「ファミリアって何?」


 エーミルは、ジェームズの弟。マリアのことは、「ファミリア」と言っていた。


「我ら竜族とパートナーの誓いをした者のことだ」


「パートナー……?結婚してるって言うこと?」


「違うわ。仲間とか相棒っていうほうがニュアンス的には近いわ。お互いの能力を共有しあえるの」


「能力……?」


「お互いがお互いの欠点を補い合える、というほうがわかりやすいかしら?私は竜族の力に影響されるし、ジェームズも魔女の力に影響されている」


 分かったような、分からないような。


「エーミルはどこだ?イートン校に連れ帰らなければ」


「ここにいるよ」


 ダイニングルームで騒いでいたからか、不機嫌そうな表情で、エーミルが立っている。マリアの部屋から出てきたようだ。


「人間に誘拐されるとか、油断のしすぎだ」


 え?エーミルって、誘拐されていたの?


 ジェームズの言葉に、私はエーミルとマリアの顔を見た。


「誘拐じゃ無い。僕の意思でついていったんだ」


「なおさら悪い。竜族の血を採取されただろう」


「兄弟げんかは、よそでやって」


 マリアは手を叩いて、二人の言い合いを止めた。


「ジェームズ、せっかくだからディナーを食べていって」


「えー?ジェームズも一緒なの?」


 エーミルが嫌がると、マリアがひと睨みして黙らせる。エーミルは、マリアの嫌がることはしないので、口をとがらせたまま、沈黙した。


 マリアは、キッチンに戻ってしまったので、私はこの居心地の悪いダイニングルームから、自分の部屋へと向かった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る