第6話ろうそくを灯す仲
「あれが、ドラゴンだっていうの?」
トカゲもどきは、私たちに追いかけられているということに気がついたようで、短い足を慌ただしく動かしながら路地の細い道を奥へと駆け抜けていく。
さっきは翼を使って羽ばたいていたというのに、飛んで逃げないのだろうか。
マリアは、この状況が嬉しいらしくて、楽しそうに追いかけている。息を上げているようにはまったく見えたない。私は、そろそろ走るのが限界だ。
「見て分からない?あの翼は、コウモリでも無い、鳥でも無い、ムササビでも無い!ドラゴンのものよ」
恐竜好きの子供が、自分の好きなティラノサウルスについて語っている時と同じ目の輝きをしながら、マリアは言った。
やがて袋小路にたどり着いて、トカゲもどきは壁を背にこちらを悔しそうに見ている。見上げても高い塀で、トカゲもどきが空を飛ぶのが苦手なら、超えるのはまず無理だろう。
追い込んだことで、余裕の出来たマリアは、楽しそうにトカゲもどきに問いかける。
「さて、どうする?後ろは壁よ」
マリアが一歩足を踏みこんだ瞬間、トカゲもどきは口を大きく開けて、息を吸い込み轟きのようなうなり声を上げながら火炎放射器のように口から炎を吐き出した。
私は、炎に包まれるマリアを想像して、視線をそらしたが、マリアの悲鳴が聞こえてこない。
恐る恐る目を開けると、マリアはどこから取り出したのか銀色のマントを広げて、トカゲもどきから放たれる炎をしのいでいた。マントが、炎をはじいている。
炎がはき出されなくなり、マリアが広げていた銀色のマントを畳んだときには、すでにトカゲもどきは姿を消していた。
「逃げられたか」
マリアは、ビスクドールの顔に似合わない舌打ちをして、銀のマントをコートのポケットに仕舞った。マリアは、私の方へ振り返り言った。
「行きましょう。もう、ここには居ないわ」
マリアは、袋小路を戻りながら左腕にしている時計を見た。クラシカルなデザインの腕時計だ。
「夕食でも?」
あ、そういえばルームシェアをするために来たんだっけ。今日一日、色々な事があってすっかり忘れていた。
私は、帰ってもホテルで一人ご飯になるので、マリアの誘いに乗った。
やっぱり、色々、気になることあるし。
マリアは、アパートの近くにおすすめの店があるというので、コヴェント・ガーデンまで戻ってきた。コヴェント・ガーデンはおしゃれなお店が多い。マリアはそうした一角のこじんまりとした小さなイタリアンレストランの店に入った。
お店の中は盛況で、ほとんどの席が埋まっている。内装は落ち着いた雰囲気で、清潔感があった。女性に人気がありそうな店だ。
テーブルにろうそくが飾ってある場合と、飾っていない場合があるのは、なんでだろう?お誕生月の人がいる場合は、ろうそくありとか?
私が店の中をきょろきょろと見ていると、熊のように厳つい体と顔に、真っ白なエプロンをした店主がやってきて、マリアの顔を見るなり、女神のように扱いだした。
「ようこそ、マリアさん。さ、どうぞ一番良い席へ」
窓側の一番奥の席へと案内される。テーブルの上にすりガラスのキャンドルホルダーに入ったろうそくはない。この熊店主、マリアの信奉者だろうか。
「お代はいりません。マリアさんの好きな物をご注文ください」
信奉者にしては、心酔しすぎて怖い。
私の妙な視線に気がついたのか、マリアが小声で私に言った。
「以前、彼を凶悪な借金取りから助けたことがあるの」
あの熊っぽい店主を相手に、凶悪なことをする借金取りは最強では?
私が呆れてマリアの顔をみると、熊店主が私たち二人を見比べた。
「マリアさん、恋人で?」
「おすすめの物を持ってきて」
熊店主の問いかけに、マリアは返答しなかった。私が慌てて否定しようとしたが、すでに熊店主は厨房へと引っ込んでいる。
誰も、私の話を聞いてくれようとしない。
この店の店員が、水の入ったコップをテーブルに二個置きに来たついでに、すりガラスのキャンドルホルダーに入ったろうそくをテーブルの中央に置いて、火を点した。
私は再び、店内の様子を見渡す。ろうそくを置いているところ、置いていないところ、絶対明確な区別があるはずだ。
……あ……カップルの席には、ろうそくがある……。
だから、あの店主、恋人ですか?って聞いたのか!同性愛の理解もあって人間的には素晴らしい店主だと思うけど、私の話を聞いて欲しかった……!
マリアはそんなことを気にした風もなく、窓から外を眺めていた。
ろうそくの火に揺れるマリアの横顔は、元々が整いすぎているので、さらに神秘的に見える。
「それで、どこまで合ってたの?」
マリアに話しかけられるとは思っていなかったので、私は慌てた。
なんの答え合わせだ?
「どこまでって?」
「貴女のこと。言い当てたでしょ」
ああ……あれは……。
「殆どあっていたわ」
そう、全部正解っていうわけじゃなかった。
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