第5話ドラゴンの鱗
そんなことを30分ほどしていると、マリアが突然、奇声のような歓喜の声を上げて私を呼び寄せた。
「ほら、見て!」
マリアは興奮気味に頬を紅潮させ、その指先に持っている物を見せる。
成人女性の小指の先ほどの大きさので、厚みは人の爪ほど。日の光に透けてきらきらと輝いている。アメジスト色のプラスチックビーズと言われたら、信じる。
マリアは慎重に小さなビニールのパウチに、拾った物質を入れ込んだ。
見てと言われても結局、それはビーズにしか見えない。
「なに、これ?」
私の問いかけに、マリアは常識を疑うかのような顔をしている。
マリアに常識を疑われるとか……!プラスチックのビーズだとでも言えば良いの。
「知らないの?」
「知らないわ。見たこと無いかも」
プラスチックのビーズみたい、というえば確かに似ているかも、という感じなのだ。違うといわれれば、違う。こんなかけらで、何なのか答えられたら天才だと思う。
「ドラゴンの鱗よ」
マリアは天才、ってことで。
「ドラゴンなんて居るわけないじゃない」
私は真っ向からマリアの言葉を否定した。ドラゴンは居てはいけないのだ。マリアの店で見た白い毛玉だって見えないし、コロボックルだっていない。夜、中を飛んでいる光る玉だって見えない。
私は、ちりちりと喉が焼け付くような気分になっていく。
「それは、誰かが言ったこと?自分で、世界の隅から隅まで見たの?」
「ネッシーはネス湖に居ないわ。テレビでも、新聞でも……!」
マリアは私の訴えに、ドラゴンの鱗だと言い切ったプラスチックのビーズのかけらみたいな物が入ったビニールパウチを指で遊びながら、聞いている。
「ネッシーは居ない。あれは、自然現象よ」
マリアは、肩をすくめた。
「だけど、ドラゴンはいるの。この欠片は、ドラゴンの鱗以外では説明できないからよ」
マリアは、得意げな表情で手にしているビニールパウチを私の目の前で振った。その表情は、マリアの瞳が煌めいていて、私は鼓動が早くなるのを感じた。
「居た……!」
マリアは私から視線をそらし、歩道の向こう側を見た。先ほどとは違って、鋭い視線を投げかけている。
どうやら、向こう側の歩道に何かをみつけたようだ。
ちょうど、日が傾き始め周囲が黄金色に染まる時間帯だ。逢魔が時ともいう。人通りも多いこのハロッズ前で、ちょうど成猫ぐらいの大きさの生き物が夕日に照らし出されて、のそのそと歩いている。
その生き物のすぐ側を人が通り過ぎていくが、誰もその生き物を気にしていない。猫だと、思っているのだろうか。
確かに大きさは成人した猫ほどの大きさだが、アレは猫では無い。背中に翼があるのだ。黄金色に輝く夕日を浴びて、体がアメジスト色に煌めいている。アメジストだけではない、空色や、オレンジ色などが混じって空を映し出しているみたいに透き通っている。顔は、トカゲに似ていて、瞳は青色なのか、灰色なのか分からない。尻尾は、トカゲのそれに似ていて、先端が地に向いていた。
もそもそ歩いていた生き物は、こちら側に渡りたいようだ。まったく車を気にせず、車道へ一歩踏み出した。
車に引かれる!と思わず私は目をつむりそうになったが、マリアに服の裾を引かれ、見てみろと言われた。
すると、その謎の生物は背中の翼を広げ、前足を踏み出し、翼をはためかせると、トカゲに似たその体を宙に浮かせた。
何か生き物が居ると気がついた乗用車の運転手がブレーキを踏んだ。すぐには止まれず、反対側の車線にはみでそうになり、対向車も慌ててブレーキをかける。突然止まった前の車を避けようと、後ろの乗用車がハンドルを切る。
危うく事故になりそうな状況で、トカゲもどきは悠々と中を羽ばたきこちら側の歩道に不時着した。そのまま、ととと、と歩道を歩いていく。
ストリートを歩いていた人々も、突然の車のブレーキに、何人か足を止めた。大きな事故が発生したわけでは無いと知ると、また、いつものように人々は歩き出した。
誰も、原因となったトカゲもどきに気がついていない。
トカゲもどきは、すでにだいぶ先を歩いていた。マリアは、もうあの謎の生き物を追いかけ始めている。私は慌てて、彼女の後を追いかけた。
そう、もう、聞くまでも無いと思うんだけど。
「ね、ちょっと」
幾つかのブロックを曲がって、ようやく私はマリアに追いついた。マリアは、すごく足がはやい。もそもそと歩いていたはずのあのトカゲもどきも、みかけによらず足が速い。
「あれ、何?」
私はマリアと併走しながら、尋ねた。
「何って、ドラゴンよ」
マリアは恐竜を見つけた子供のように得意げに笑った。
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