第4話フィールドワーク
私が慌ててマリアの後を追いかけると、すでにマリアはタクシーを呼び止めていた。二人でタクシーに乗り込む。
「ハロッズに用があるの?」
「ハロッズに用があるのではなくて、そこの近くの交差点に用があるの」
マリアにこれ以上聞いても答えてくれなさそうだ。私は、先ほど初めて会ったときにずばずば当てられた個人情報について聞いてみた。
「観察した結果ね」
「観察しただけで、あんなに分かるの?」
「優れた画家は、細部まで観察しそれをキャンバスに写し取る。同じ事をしただけよ」
外の景色を見ていたマリアが、私の方を向いて微笑んだ。
「たとえば?」
「ナオの例で言うと、貴方は中国人?……ああ、日本人で、ここの生まれでは無い。日常会話は流暢に話しているようだけれど、ネイティブとは違って多少語順がおかしいときがある。だから、ある程度の年齢になってからこちらに来たと判断した。この国で就職するぐらいだから、学生からロンドンに住んでいたんだろうと。趣味が料理なのは、店のハーブの山をみて、よく料理に使うハーブばかり視線を動かしていた。恋人に捨てられ、家を追い出されたと思ったのは、中々みつからない私のルームメイトとして君が現れたから。みなりはきちんとしているから、ちゃんと生活している人が、追い出されるのは恋愛関係のもつれだ」
マリアに根拠を聞いてみると、たいしたことないと普段思っている情報から、色々なことを判断しているのがわかる。
頭がよすぎる。
「すごいのね」
思わず感嘆の声が出た。私にやれと言われてもできない。
マリアは、目を丸くして驚いて、花がほころぶように笑った。
「褒められたのは、初めて」
「いつもは?」
「一発殴ってやりたい」
そういえば、リタも言っていたし、なんなら数分前の私も一発殴ってやりたいと思っていた。
でも、マリアの観察能力を知ると、殴ろうという気は失せる。
「それで、仕事って?」
「英国政府に籍を置いている」
「は?」
私は思わずマリアの頭の先からつま先まで見直した。そういう人には見えない。英国政府に籍を置いているで、政治家ではないとすると……官僚か、「女王陛下のスパイ」か。
ま、「女王陛下のスパイ」なんて、この間公開された映画に出てきたから、フィクションなんだろうけれど。
「そのようなデリケートな仕事をしてるの」
あながち、「女王陛下のスパイ」説も嘘ではないのでは……?
私はなぜか緊張してきて、つばを飲み込んだ。
ハロッズ前でタクシーが止まり、マリアがカードで料金を精算した。私が半額払うよ、と言ってもマリアは気にするな、と取り合わない。
マントのようなコートを翻してマリアはハロッズ近くの交差点へ向かう。
マリアは、身長が高くモデルのようにすらっとしているので、ロングコートが似合う。
「ここに何があるの?」
私は辺りを見回したけれど、いつものストリートだ。観光地でもあるから、人通りも多い。交通量も多い。今は、夕方だから帰宅する人も結構いる。ハロッズへはたくさんのお客さんが来店していて、今日も儲かっていそうだ。
「最近、ここで交通事故が多発しているの知ってる?」
「今朝ニュースで見たわ」
ホテルの部屋のテレビを付けたら、たまたまニュース番組で報道されていた。交通事故が多発してるから注意した方がいいってアナウンサーは言っていた。これだけ人通りと交通量があれば、事故だってたまには起きると思うがそれが、最近立て続けに起きているものだからニュースになった。
「面白いことに、事故に遭った運転手は、猫のような小動物が飛び出てきてブレーキをかけた、とか急に目の前が明るくなってブレーキをかけたと言っているの」
前半はともかく、後半は病気とかじゃないのかな……?でも、このストリート、猫、いる?
こんなに人通りがあると、猫ってあまり出てきたがらないと思う。裏通りにならいそうだけど。そんなに頻繁に猫が飛び出るぐらいなら、猫をよく目撃しそうだけれど。
「何度も猫が飛び出すの?たくさん居るかな、ここ?」
「そうだね、それに……運転手の証言を正確に言うと『猫ぐらいの大きさの小動物で、何だかわからないんだ。ムササビみたいに空を飛んでいた』と言っているんだ。宙に浮いていたそうだよ。ボンネットにぶつかりそうになって避けた」
猫ぐらいの大きさのムササビ?そんな動物いたかしら?ムササビって滑空を利用しているから、鳥のように羽ばたいているわけじゃない。もし、ムササビ的な動物なら、斜め上から襲撃されるはずだ。
「なにそれ、猫?」
「さてね、それを調べるのが仕事」
マリアは、妙に含みのある言葉で返答した。もしかしたら、マリアはすでにどんな動物か検討がついているのかもしれない。
マリアはきょろきょろと周囲を見回した後、ゴミ箱の裏や、消火栓の裏、歩道の隅などで何かを探し始めた。
ここは、有名な観光地で、ハロッズという有名な店舗の入り口近くでもあるので、ショッピングバックを持った人や、大きな旅行鞄を持った人も歩いている。そんなところで、うろうろと何かを探しているので、大変周囲に迷惑をかけている。
空気を読む人種の私は、マリアの行動を止めるべきか悩む。マリアは仕事だって言ったし、でも、この行動は超邪魔。
「一カ所にじっとしているとは限らないんじゃ無い?」
とにかく、ここから移動しよう、そうしよう。
「頻繁に事故が発生するなら、ここら辺を歩いた跡が残っているかも知れないわ」
一番最新の事故は、ニュースで見た限り、昨日の深夜。猫かどうか分からない謎の生き物の痕跡が、今日の夕方にも残っているのか。
「空を飛んでいたかも知れないのに?」
「鳩だって、ずっと飛んでいるわけじゃ無いわ」
マリア、反論が上手すぎて私は二の句が継げない。鳩は、飛ばないで歩いているときも結構ある。
極上の美人が、地面に這いつくばるようにして何かを探しているので、男性が足を止めて手伝おうとする。それをいちいち、マリアが丁寧に断っていた。
紳士の国だわ……女性が困っているのを放っておけないみたいだ。杖をついた老紳士でさえ手伝いを申し出ていた。
それとも、単に通行の邪魔だから早くどかそうとしたのかしら?
私もマリアほど熱心では無いが、道に落ちている何かを探し始めた。マリアから何を探しているのか説明を受けても検討がつかなかったので、落ちているものがすべて重要なものにも見えるし、ゴミにもみえる。
これ、私がやっている意味、あるのかしら……?
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