第7話ドラゴンを捕獲する
「どこか違った点でも?」
「学生の頃留学じゃ無くて、夏休みにショートステイしただけなの。そのときにこっちで絶対就職しようって思って」
「そうなのね。ショートステイだったの……あまりに流暢な英語だから、留学していたのかと」
マリアは少し悔しそうだ。整った顔が、唇を噛みしめる表情も、それだけで絵画になりそう。
「それで、あのトカゲもどきだけど」
私がマリアにあの生き物について、問いただそうとしたとき、ちょうど二人分のパスタが運ばれてきた。テーブルに、クリームパスタが並ぶ。
クリームの優しい匂いに、とろっと粘度の高いクリームソースがとても美味しそう。
フォークにパスタを巻き付けて、ひとくち頬張る。熱々だけれど、クリームの濃厚な味と優しい甘さが口に広がる。パスタは太めの麺で、もちもちしている。クリームソースとよく絡まっていて美味しい。
マリアは食事をする姿さえ、完璧に美しかった。美貌も教養もあって、さぞかし男性に人気があるだろう……と思ったが、性格は、わりと悪かったな。
「君は、あの街灯に何が見える?」
すっかり暗くなった通りを、マリアは先ほどから気にしている。私は、マリアにつられて、窓越しに陽が落ちて暗くなった外を見た。
歩道沿いの街灯が点り、その光が二つに分裂し、街灯の光と同じぐらいの球体がふわっと中に浮かんでいる。
「あれは……」
私は答えるのに躊躇した。喉の奥が、ちりちりと熱い。これは、認めてはいけないモノだ。
見えては、いけない。
「そう、あれは、ウィル・オー・ウィスプよ」
私が答えるのに躊躇したことを、マリアは普通に口に出した。答えるのが普通だとでもいうようだ。まだ、窓の外へ視線を向けているマリアの横顔が、ろうそくに揺れる。
「でも」
「見えてはいけないモノ?でも、見えてしまうのは仕方が無いことでしょう?」
マリアは窓から視線を外し、私と向き合った。
「マリアはずっと見えていたの?」
「物心ついた頃からずっと。だから、この仕事をしているの」
え?何の仕事??女王陛下のスパイなの?
私が、マリアの思考について行けなくなっていると、再びマリアは視線を窓の外の通りへと戻した。
「あれは……!」
マリアは何か面白いモノでも見つけたのか、急に目を輝かせて、お店を弾丸のように飛び出していった。
「え?ちょっと……!マリア!」
まだ、パスタは半分ほどしか食べていない。しかし、マリアを追いかけないと、何をやり始めるかわからない。
私は、濃厚クリームパスタに後ろ髪を引かれながらマリアの後を追いかけた。
マリアは、ずっと彼女が気にしていたストリートの奥で、何かの生き物と格闘していた。
ちょうど人目につかないところだ。
あれは……さっきのトカゲもどき?
さっき遭遇したトカゲもどきなのか、それとも別の個体なのか、よくわからないが逃げようとするトカゲもどきを、マリアがどうにか捕まえようとしているみたい。
トカゲもどきは、私が駆けつけてきたのに気がついたようで、こちらに向かって走ってくる。
え?普通は、私と反対側に行くんじゃ無いの?
なぜかそのまま私の懐にダイブしてきた。
「ナオ、そのまま逃がさないで!」
マリアの鋭い声が飛んだ。私の懐に飛び込んできたトカゲもどきは、憐れっぽい声で「にゃあ」と鳴いた。
「え?トカゲなのに、にゃあ?」
私が混乱していると、トカゲもどきは、やべぇという表情をして逃げようとする。
こいつ、人間の言葉が分かる知能がある。
私は不気味に思って、思わずトカゲもどきの首をきゅっと手で絞める。
今度は、「きゅーん」と憐れな声を出している。
「助かったわ、ナオ。この子は、知り合いの弟なの」
マリアは、コートのポケットから布製の小型犬用のゲージを取り出して、私から受け取ったトカゲもどきを押し込んだ。
マリアのコートのポケットを一度調べてみる必要がありそうだ。
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