第2話ニールズヤードのマリア


「どういう人なの、シェアメイト」


 リタの言い方だと、本当に、マジでヤバイ人っぽい。そういう人を、私に紹介する気?


「ちょっと変わってて、なんというか……一言多くて、一発殴ってやりたいって感じかな」


 リタは、温厚な人だ。私みたいに、怒りにまかせて元彼を平手打ちするような人ではない。そんな彼女が、一発殴ってやりたい、だなんてどんだけ一言が多いのだろう。

 私、平手打ち一発だけで済むのかな。


 リタは公園の近くのコーヒースタンドに入った。最近、店舗数を増やしているチェーン店だ。ティールームの店舗数に追いつきつつあるみたい。

 紅茶が好きだから、コーヒーばっかり増えても困るなぁ。


 私は、できれば余計なお金を使いたくないと、お店に入るのを遠慮したのだが、おごってくれるというのでご相伴にあずかることにした。


「ナオにはいつも美味しいご飯を作ってもらってるしね。たまにはお礼」


 私は料理を作るのが好きで、しかも得意だ。何度かリタにも夕食を作ったことがある。リタに和食ブームが来ている時、「本場の日本の味」と喜んでもらえた。


 リタは、ホットコーヒーを二つ、ショートサイズで持ってきた。カウンター席に二人で並んで座る。リタがスマホでメッセージを送った。


「連絡したから、都合が良かったら行ってみましょ」



 シェアハウスは、観光地で有名なコヴェント・ガーデン地区のモンマス・ストリートとニールズ・ヤードに接した所にあるらしい。

 ニールズ・ヤードはカラフルで可愛らしい建物が多くて好きだ。魔女とか妖精とかが住んでいそう。

 コヴェント・ガーデン地区自体が全体的に可愛らしい感じがする。


 リタは、一件のこじんまりとした赤い壁に水色の屋根、壁にはツタが所々茂っている可愛らしいアパートメントのブザーを鳴らした。

 一階は店舗になっているようで、アパートの住人用に別途通用口が儲けられていた。


「あら、リタ。いらっしゃい」


 美しい白髪の女性が扉を開けて出迎えてくれた。人の良さそうで上品なお婆ちゃんといった雰囲気だ。


「こんにちは、スミスさん。シェアメイト希望者を連れてきたの」


 リタが紹介してくれたので、私も挨拶をして名前を名乗った。


「ナオ・ニレイです。ナオと呼んでください」


「ここの大家をやっている、サリー・スミスよ。サリーでもスミスでも好きなように呼んで。どうぞ、入って」


 スミスさんに案内されて、家の中に入る。ハーブのすがすがしい香りがする。

 一階が店舗兼スミスさんの部屋、二階と三階がシェア用の部屋になっている。


「マリアは居るの?」


「店舗の方に居るわ。ちょうどお茶にしようと思っていたの。ナオも一緒にどう?」


 私は頷いてスミスさんの後に続いた。マリアというのが私のシェアメイトなのだろう。


 アパートの部屋側から店舗へ出入りできる入り口から店舗側へ入る。扉を開けたときに一層ハーブの香りが、強くなる。


 まるで、魔女の家だ。


 店舗は十坪ぐらいの小さな面積だが、所狭しと色々な植物が並んでいる。天井からはドライフラワーがつり下げられ、棚には鉢植えや花瓶に生けた草花が並ぶ。壁一面の棚には、整然とガラス瓶が並び、アンティークな薬棚が店舗の入り口近くにあった。

 カウンターには、椅子が三脚並べられていた。


「いらっしゃい、リタ」


 カウンターで作業をしていた女性が、こちらに振り返った。目も覚めるような美人で、顔の作りが左右対称だ。光に透けるような薄い金髪に、色白の肌、瞬きするとバサッと音がしそうな長いまつげ、鼻筋の通った高い鼻、色気のある厚い唇。

 ビスクドールのように整った顔立ちの女性が、立っていた。肩に、黒猫を乗せて。


 彼女は、私を見るなり驚いた表情をした。


「リタ、ルームメイトを連れてきてくれたのね!」


 カウンターから出て、私の前に立つと優雅に一礼する。ちょっと古風なお辞儀の仕方だが、人形のような彼女がやるととても様になる。

 彼女が一礼したことで、黒猫が肩から飛び降りる。この黒猫、手足の先だけが白い。


「マリア・ガーデンフォールよ。どうぞ、マリアって呼んで。この猫はミトン」


「ナオ・ニレイです。ナオと呼んでください」


 マリアが右手を差し出してきたので、私も右手を差し出し握手をする。マリアは、じっと私の顔を見てから手を離した。


「ナオ、貴女は日本人で学生の頃留学生としてこちらに来て、その後ロンドンで就職した。趣味は料理。一緒に住んでいた友人もしくは、恋人……恋人かな?から家を追い出され、今住むところが無い」


 え?何突然、どうしてそんなに個人情報が分かるの……?

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