第24話エメラルドの習作
犯人が逮捕されて、しばらくしてからジェームズがアパートに来訪した。何故か、ジェームズが事件の報告をしてくれている。
犯人が所持していた「竜の血」の所為でMI6預かりの事件になったようだ。
「あれは、エーミルの血液だったの?」
「そうだ。竜の血は人が飲むと劇薬になる。まれに、飲んでも大丈夫な者が居る。おそらく、容疑者はそのタイプの人間だろう」
竜の血に対して耐性があったので、容疑者が自らだした小瓶には両方とも同じ竜の血を入れてロシアンルーレットにしたのだ。毒の入っていない小瓶を引く運の良さでは無く、自分の体質の幸運を祈るしか無い方法だ。
「彼は、仲間が欲しかったと言っている。竜の血の副作用の所為で、おそらく、彼は見た目よりも長命だ。静かに精神に異常をきたしていったのだろう」
竜の血を飲んでも大丈夫だという特異体質と、竜が実際に生きているという情報を公にされては困るので、今後、「人」としての裁判を経て、刑の執行後、MI6の監視下に入るとのことだった。
「私に飲ませたいみたいだったけれど、飲んだらどうなったと思う?」
「死ぬだろう」
ジェームズは迷うことなくきっぱりと言った。おそらく、と言葉を続ける。
「苦しんで死ぬはずだ。竜の血を飲んで平気だなんてそれこそ奇跡だ」
飲まずに済んで本当に良かった!あの時、偶然にも何故か、瓶が弾かれたんだよね。誰かが弾いてくれたのだと思ったんだけど、該当者はいないし。
「そして、あのビルという男だが、記憶を消した」
「記憶を消す?」
「そうだ。ここ一年ほどの記憶を消し、つじつまが合うように適当に記憶をいじった。竜のことは何も知らない」
「え?ちょっと、私とのことはどうなってるの?」
一年前というと、まだ、私はビルと仲が良かった。いまさら元サヤに何て戻りたくない。是非とも、亡くなったエリーを心から愛したままで居て欲しい。
「さあ?術を施したのは俺ではない」
「無責任!」
「もう一度会って、恋に落ちたら、それは運命だろう」
ジェームズは、彼らしくもなくロマンチックなことを言って帰って行った。
なにが運命だ!私は、あの男の所為であんな目にあったんだぞ!!
○●○●
私の日常は、緩やかに元に戻っていった。私は以前ほど、見えないモノが見えることに対して、忌避するほどではなくなった。
街灯からウィル・オー・ウィスプがでてきても、そういうものだって納得できるようになったし、植木鉢の陰で、毛玉がぽんぽん飛び跳ねていても可愛い、と思う程度にはなってきた。
おかげで、悪夢を見ることが減ってきた。
ただ、困ることが増えた。
「ね、きみ、中国人でしょ、可愛い。中国人って美人が多いよね?ね、暇でしょ。俺と食事でも、どう?」
ビルだ。私のことをすっかり忘れたビルが、職場近くの交差点ですれ違ったら、いきなりナンパしてきたのだ。
「私は日本人よ。忙しいの!」
金髪の白色人種なんて、こりごりだわ!しばらく近づかないで欲しい。嫌悪感もあらわに、断っているというのに、ビルはまったく諦めてくれない。
足早に歩いている私に、ビルは容易に追いついてきて、しつこくつきまとってくる。
金髪碧眼の巨乳美女が好きなくせに、なんで私につきまとってくるのかしら?
私が、後ろからつきまとってくるビルを気にしながら、前方を見ずに歩いていたら、向かいから来る人と思いっきりぶつかってしまった。
「すみません」
私は謝って顔をあげる。
あれ?この人、どこかで……?
私は、金髪碧眼白色人種で、背の高い絵本の王子のような容貌の人と向かい合っていた。ぶつかった相手も、私のことを驚いた表情でみている。
ビルが、私とその相手との間に割り込んで、私を連れて行こうとする。
捕まれた手首を振り払おうとするが、がっちりとビルに捕まれている。
「本当に、離して。迷惑よ!」
「そんな、またまた。日本人は遠慮がちだってきいたよ」
遠慮じゃないっての!!
私の必死な抵抗に、絵本の王子様は何かを察してくれたらしい。ビルに手を離すように言った。
「本当に嫌がっているみたいだし、今日の所はやめたら?みんな見てるから、このままだと未成年誘拐で警察に連絡されちゃうよ?」
私は大声で嫌がる声を上げていたので、それなりに野次馬達がいた。中には、携帯電話を手にして撮影している人までいた。
見世物じゃないぞ!
私の背丈と童顔で、私はよく未成年に間違えられる。今回もそのように勘違いしてくれた人が野次馬の中には多いみたいで、みんな厳しい目でビルを見ている。
分が悪いと判断したビルは、私の手首から手を離してくれた。
「また、会ったときに誘うよ」
「二度目はない!!」
ビルが去って行ったことで、野次馬達も解散したようだ。すぐに、せわしないロンドンのストリートに戻った。
私は助けてくれた絵本の王子様に何度もお礼を述べた。この人、以前私が体当たりしちゃった人だ。そのときも、助けようとしてくれていた。二回ともぶつかるなんて奇妙な縁だ。
「どこかで見たことあるな、って思っていたんだ。僕たちよくぶつかるみたいだね」
彼も覚えていたようだ。私は恥ずかしくなって、もう一度お礼を言ってその場を離れた。
顔も満点、性格も満点なんて本当に、嘘っぽい!
いい人だけど、友人にもなりたくないな、と思いながら私はアパートに帰って行った。
私は、ジェームズから副業を始めてみないか、と誘いがあった。マリアが解決する事件について、報告書を提出するというものだ。
MI6に提出する書類になると、いろいろ面倒なことになりそうなので、断ろうとしたら、ジェームズ個人で楽しみたいのだそうだ。
ファミリアという契約は、家族みたいなモノときいたけれど、なんかちょっと歪んだ関係にも見える。
とは言っても副業とするには、ちょうど良いし、何より私はもっとマリアや、その周りの人たちと関わっていきたいって思う。
私、ここにいたら、自分らしく生きていける気がするのだ。見えないモノが見えていても、誰も気にしないから。
私は、共有スペースのソファに座って、ノートパソコンに電源を入れた。今回関わった事件をまとめるのだ。
「あら、ミトンの事も書いてくれてるのね」
マリアが背後から私のノートパソコンの画面を覗き込んで言った。
「もちろん、ミトンは私のヒーローだもの」
ミトンはお気に入りのクッションの上で丸くなっていたが、私が視線を向けると自慢げに髭をひくひくと動かしていた。
人間だったら、ドヤ顔をしているところかな?
「今回の事件名について、どうしようかしら?『ロシアンルーレット連続殺人事件』とか?」
「エメラルドの習作」
マリアがぽつりと、言葉をこぼした。
「シャーロックにならって、『エメラルドの習作』にしましょう。信頼しているわ、私の『ワトソン君』」
マリアは紅茶を淹れにキッチンに行った。私は口の中で、マリアの言ったタイトルを復唱した。
悪くない。
私は報告書のタイトルに、『A Study in Emerald』と記載した。
マリアの淹れる華やかな紅茶の香りが、部屋中に漂っていた。
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