第23話私のヒーロー


「おや?責任感じませんか?」


 男は、私を見て嫌な笑いを浮かべた。


「貴女が行方をくらまさなければ、この女性は死ななかったかも知れないのですよ」


「行方不明者じゃ無いわよ、私」


「私の前から居なくなったでしょう。同じフラットの同じ階に住んでいたのに」


「知らないわ。貴方のことなんか」


 エリーが死んだのは、私の所為では無い。私はちゃんとみんなが飲まないように止めようとした。怪しげな物を自分から飲もうとするあたり……ん?……普通、怪しい物を人からもらって飲むなんで、今時、子供でもやらないわ。

 それを、成人女性のエリーが実行してしまったのは、この追い詰められた状況と、言葉巧みにあの男が誘導したからでは?


「貴方、四人で一斉に飲むように見せかけておいて、エリーが最初に飲み干すように、言葉巧みに誘導したのね」


「気がつきましたか。……思った以上に、頭の回転が速い」


「エリーをここに監禁して、軽い恐慌状態にして、小瓶に入っている毒を飲むという緊張感をさらに与えて、正常な判断を低下させ、一番最初に飲ませた」


「正解の瓶を選んでいれば、彼女は生きていましたよ」


「嘘つき。毒がはいっていない瓶なんてないわ」


「ありますよ。私が、生きているじゃ無いですか」


 さっきも同じ押し問答したわ!あの中身が同じ毒であるという証明ができたところで、逃げ切れる気はしないんだけど、少なくとも、ビルも私も、毒を飲まない時間を引き延ばせる。


 突然、ビルは雄叫びを上げて私を破壊締めに為てきた。


 いたた……!本当、こいつ、なんなの……!!


「いいから、飲め、飲め飲め!!そして、俺は助かる!生き延びてやる!!!」


 ビルの目が血走っている。目が正常じゃない。エリーが死んだショックと、この追い詰められた状態で正気を若干失っているっぽい。

 ビルは背も高いし、力もあるから押さえつけられるとどうにもならないのは、さっき分かってたのに。


 ここ、敵ばかりじゃないの!


 ビルが私のあごを掴んで、無理矢理上に向かせる。ビルの手に握られた小瓶の蓋が開けられ、そっと傾けられた瞬間、ビルの手から小瓶がはじけ飛んだ。


 瞬間、黒いバスケットボールぐらいの大きさの弾丸がビルの顔に体当たりした。聞き覚えのある怒りをあらわにした猫の鳴き声がする。


「ミトン……!」


 私を助けてくれたヒーローの名前を叫んだ。

 ビルは、ミトンの勢いと重さに耐えきれなくなって、床に倒れた。ミトンは、強烈な猫パンチをビルにお見舞いしている。

 男が懐から短銃を取り出そうとするのを、背後から美しく長い足が蹴り飛ばした。


「危ないところだったわね。ナオ」


「マリア!来てくれたのね」


 よろめいた男が体制を立て直す前に、マリアが再び、膝で男のみぞおちを蹴り上げる。男の体が中に持ち上がったところで、ロングスカートから美しい足を惜しげも無く出して、回し蹴りをし男を床に叩きつけた。


 すごい!映画見てるみたいな、身のこなし。


「どうやら殆ど片付いたようだね」


 ジェームズが遅れて、部屋の入り口に立った。背後には、セイヤーズ警部と警官が数名居てあっという間に男と、ビルが拘束された。





●○●○



 私は、事件の被害者ということで、現場に駆けつけた救急車の後部の入り口で、毛布を被って座っていた。簡単な応急処置を施されて、私は、ぼんやりと警官が現場を慌ただしそうに行き来しているのを見ていた。


 セイヤーズ警部が現場の指揮をしている。本当にMI6の職員なのか、ジェームズとマリアは現場をうろうろしているが、警察官にとがめられたりしていない。私は、応急処置が終わった後で簡単に事情聴取を受けた。今は、ただ、すべてが終わるのを待っている。

 私のすぐ隣には、ミトンが座っている。警戒しているみたいで、まるで騎士だ。さっき撫でようとしたら、ふーっと怒り出したので、まだ、お触りの許可はでていない。


 やがて、マリアとジェームズがこちらにやってきた。二人とも晴れ晴れとした表情だ。


「どう?体調は?」


「大丈夫。思ったより、頑丈みたい。……そうだ、私が毒を飲まされそうになったときに、真っ先に小瓶をはじいてくれて、ありがとう」


 ミトンが最初にはじいてくれなければ、私はあの毒薬を飲まされていただろう。


「俺は、はじいてないぞ。あの男に体当たりしただけだ」


 他の人間に聞かれないように、小声でミトンが答えた。照れているから誤魔化している、というわけではなく、本当に、小瓶をはじいていないようだ。


 あれ?じゃあ、ジェームズ……?


「違うぞ。なんで、そう思った?」


「拳銃ではじいたのかと」


「一般市民が持っているわけ無いだろう」


「え?でも、00部門って殺しのライセンスがあるから……」


 MI6で007なら、殺しのライセンスを持っていて、拳銃の所持ぐらいしてそうだし。


「殺しのライセンスはフィクションだし、00部門なんてない」


 ジェームズが人を馬鹿にした表情で、私を見下ろしている。


 え?え?


「ナオ、ジェームズに騙されてるのよ。たまたま、MI6に所属しているジェームズは、名前の知名度を利用して、007って言っているだけ」


「騙されやすくて心配だ」


 ミトンまで呆れた声で言った。


「えー!ジェームズ・ボンドじゃないの?!」


 騙された-!!


「さて、それだけ元気なら、帰りましょうか。アパートの近くに美味しい中華料理店を見つけたの」


「中華料理。良いわね、行こう」


 私は救急隊員の人に断りを入れて、マリアたちと帰ることにした。



 ……あれ?結局、私が手にしていた毒薬をはじいてくれたのは、誰なんだろう……?

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