第22話小瓶は四つ


 男は、小瓶を上着のポケットから4つ取り出した。以前、セイヤーズ警部に見せてもらった小瓶と同じ物だ。


 わざわざ同じ小瓶を買いそろえているんだろうか?


 小瓶の蓋はコルクで、瓶の大きさは丁度エッセンシャルオイルなどが入っていそうな大きさだ。液体の色は、美しいエメラルドグリーン。宝石のエメラルドの色というより、綺麗な海のエメラルド色に近い。

 男が小瓶を軽く振ると、粘度があるようでとろっとゆっくり液体が動いた。


 マリア曰く、あれはエーミルの血液らしいけれど……。


 男は、テーブルの上に小瓶を横一列に並べた。どれも同じ色の液体が同じ量だけ入っている。


「これを、一人一つ選んで、飲み干す。何も起きなかった人が勝ちです」


「中身はなんだ?」


 ビルが訝しげに小瓶を見ている。


「毒です」


 男が爽やかに告げた。


「何も起きなければ、ここにある100万ポンドは勝者の物です」


 ビルの関心をお金に向けさせるため、男は巧みに言葉を操る。


「選び方と選ぶ順も重要ですよ」


 意味ありげに、男はエリーを見た。蒼白な顔色のエリーは、ヒステリックな声を上げた。


「私が、一番に選ぶわ!当然でしょう。私はレディよ。常にファーストであるべきだし、妊婦なのよ?いたわるべきだわ」


 そんなこというと、私も女性だから優先されるべきだと思うけれど。マリアの言っていることが全部正しいとすると、何を選んでも、毒のはずだ。

 セイヤーズ警部は、中に入っている成分がなんだか分からないが同じだと言っていた。マリアは、エーミルの血液だろう、と言っていた。

 きっと、エーミルは、本当に『ドラゴン』で人間が飲むと毒になる血液なのだろう。


「エリーが最初で良いな」


 ビルが私を睨み付けてくる。


 私を睨んだところで状況はまったく変わらないのだが。


 私が頷くのを見て、ビルはエリーをいたわるように腰を支え、エリーとビルが小瓶を選んだ。


 あの男、調子に乗って自分まで小瓶を選んでる!


 文句を言っても良かったが、ここでビルに喧嘩を売っても逃げれるわけじゃ無いので、飲み込んでおく。


「ひとつ聞きたいのだけれど」


 私は、男に選ぶように促されたが、それに首を振って質問を投げかけた。男は呆れたように肩をすくめたが、先を言うように促された。


「貴方も飲むのよね?今までの事件では二人だったから、小瓶は二つ。50%の確率で、毒の入っていない物を選べた。今回は4つ、正解を引く確率は減るけど、なぜ人を増やしたの?」


「スリルですよ」


 男は楽しそうに答えた。


「たった一つの小瓶を選択するのに、驚き、悲しみ、時には怒り出す。人間とは観察していて飽きない。どうしたら助かるかを考え、私に襲いかかってきた者も居ましたが……」


 男は懐から、短銃を取り出して私に狙いを付ける。


「銃で話を付けました」


 男は撃つまねをして、短銃を懐にしまった。


「結果的に、皮肉にも運は私に味方し、生き残ったのは私です」


 男は生き残ったのにもかかわらず、悲しそうに呟いた。


「さあ、選んで」


 あの銃が本物じゃ無かったとしても、危ないな。何かしら細工がしてありそうだし。そうなると、自力で脱出すると言うより、マリア達に気がついてもらうことを考えた方がよさそう。

 でも、さっさと手を打たないと、私はエメラルドグリーンの液体を飲む羽目になりそう。


 私は、小瓶を選んで手にした。


「さあ。乾杯と行こうか」


 男はまるで、「グラスは皆さんに行き渡りましたね?」とでも言いたそうだ。


「一斉に飲むのか?!」


「そうだが?」


「ま、待て。いいから、お前先に飲め!」


 ビルが、私に飲むように言ってくる。


 バカかこいつは!普通は、あの男に先に飲むように交渉するのだ。男が倒れれば、逃げられるし、倒れなければゲーム終了になったとでも言えば!もしくは、男であるお前が男を取り押さえれば良いんだよ!エリーを守りたいんだろ!!


「仮に、飲んで私が助かったら、この男は全員あの銃の餌食だと思うけれど」


「貴女が生き残ったのなら、貴女は殺しません」


 この男、本当に頭がヤバイ。人の命の重みが軽すぎる……!


「だから、お前が飲んで、お前が死ねば丸く収まるだろ」


 まったく丸く収まらないよ!


「絶対に嫌よ」


「黄色い猿のくせに『NO!』と言うのか!」


「私は、嫌とは言えない日本人じゃない!」


 ビルは、私の手を掴んで無理矢理飲まそうとしてくる。私は、そんなことにならないように、必死に押し返そうとする。

 そんなことをしていると、ビルの後ろから引きつったような笑い声が聞こえた。


「そ、そういうことね!じゃ、私が飲んで助かったら、私は生き残って他の二人は、殺すのね!」


 エリーが泣き笑いという感情が制御し切れていない状態で引きつった笑い声を上げ続けている。緊張と恐怖のあまり、混乱しているみたいだ。

 だって誰も、毒が入っていない瓶は一つしかないとは言っていない。全部、毒入りかもしれないのに!


「そうですね。生き残ったら、助けましょう」


「生き残る、私、生き残らなくちゃ!絶対」


 どこから沸いてくる自信なのか、エリーはきっぱりと言い切って、小瓶のコルクの蓋を開けた。見るからにヤバイ色をした液体を、エリーは躊躇なく飲み込む。

 エリーは、苦しそうなうめき声を上げて、喉を掻きむしる。


「エリー!!」


 私を押さえていた手を離して、ビルはエリーに駆け寄って抱き上げる。エリーは苦しそうにうめき、米神には静脈が浮かび、目玉が飛び出そうになっている。


 どうみても、普通の毒物を飲んだ反応じゃ無いんだけど……!なにか、別の生き物に変化しそう、これ!!


 彼女は、しばらく苦しそうにもがいていたが、やがてぴたっともがくのを止めた。ビルはエリーを床に横たえると、私をテーブルの上に押さえ込んだ。


「お前が!お前の所為だ!!エリーが死んだのは、お前がいたからだ」


「何を言ってるの!毒を飲むように言ったのは、あの男でしょ」


「違う!違う違う違う違う!!」


 ビルは、半狂乱になって私の首を締め上げてくる。


 まずい、このままだと、謎の液体を飲むより先に、このバカ男に絞殺される。


「美しくないですから、止めてください」


 男は懐から短銃を出して、撃鉄をあげた状態でビルの頭につきつける。ビルは、こめかみにぐりぐり押しつけられている冷たいものが、何なのか分かったらしくて、私の上からどいた。


「なんで、私の所為な訳?」


「それは、私が欲したからですよ。不思議な能力を持っている人間を」


 男は撃鉄を降ろして、短銃を懐にしまった。


「私は不思議な能力の持ち主と、こうしてコレを飲み干し、生き残る人を探しているんです。覚えてませんか?フラットで喧嘩していたでしょう。『いないものが見えている』って、この人だ!と思いました。次こそ、生き残る人に違いない、と。そして、貴女と私はニアミスした」


 そんなこと言われても、この男と会ったことは無い。


「会っているんですよ。もっとも、そのとき私も気がつきませんでしたが。廊下でぶつかって、貴女は彼の家を飛び出していった」


 ビルの部屋から飛び出したとき、廊下で誰かとぶつかったわ。すっかり忘れてたけど。でも、この人とぶつかったんだっけ?


「まさか、家を飛び出てるとは思わなかったので、次のターゲットを得て満足した私は、どうにかビルから、パートナーを紹介してもらうことになり……来たのは別人でした」


 男は、床に倒れているエリーを一瞥する。


「彼女も可能性がないわけではないので、捕獲し、今度は貴女を連れてくるように指示したのです」


 結局、元凶はこいつだ!

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