第26話絵本の王子の偶然
コヴェント・ガーデンのいつも買いに行っている肉屋にエーミルと一緒に向かった。エーミルは、制服の上に深い緑色のモッズコートを羽織り、赤と紺の白のタータンチェックのマフラーをしている。
オシャレな美少年である。街を歩く人々の大半が彼を見て振り返る。中には、モデル?俳優?なんて噂をしている。
そんなイケメン学生の隣を歩いている、地味なアジア人の私である。非常に浮いている。どう頑張ったところで姉弟には見えないし、ましてや恋人同士にしてはギスギスしている。
「エーミルは、クリスマス休暇はどうするの?」
「マリアと一緒だ」
「え?日本に来るの?」
「なぜそんなに驚く?」
「他国に興味ないと思ったから」
「興味は無いが、マリアが行くなら別だ」
そうだ、こいつそういうやつだった。黙っていればモデルか映画スターか、という容姿だが驚くほどマリアのことしか考えていない。
目的の肉屋に到着した。クリスマス前ということもあって、店内はクリスマスの装飾がされている。
「いらっしゃい」
夕食の準備時に買いに来てしまったので、店内はそれなりに混んでいる。バイトが数名、客の相手をしていた。
「予約をした七面鳥を引き取りに来たんだけど」
私は引き替え伝票を見せながら、店員に伝える。店員は、伝票を確認して店の奥へと向かった。
店員は、まるまる太った大きな七面鳥を一匹店の奥から持ってきた。慣れた手つきで七面鳥を油紙で包装した。
「はい。どうぞ」
「ありがとう」
カードで支払いを済ませて、七面鳥を受け取る。横から手が伸びてきて、エーミルが七面鳥を私の手から奪い取る。エコバックに七面鳥を入れた。
私に重い荷物を持たせない、ということをエーミルは普通にできる。とても紳士的なのだ。
「ほかには?」
「マーケットで野菜を買うの」
次に向かったのは、コヴェントガーデン通りでいつも開催しているマーケットだ。新鮮な野菜がいつも並んでるし、日本では見たことがない野菜も手に入る。
メモには、セロリアックと書いてあったので白くてハンドボールぐらいの大きさの根セロリに手を伸ばす。隣からも手が伸びてきて、同じ商品を手に取ろうとしているようだ。私は、誰だろうと思わず長い腕をたどって手の主を確認した。
「あ」
「やあ」
相手も同じ事を思ったようで、私たちはセロリアックを挟んで向き合っていた。色白の細面の顔に、優しい色合いの金髪。少し垂れ目気味の空色の瞳には私がうつっている。スポットライトが当たっているわけではないのに、全体的に絵本のキラキラ王子オーラがでている人だ。
この人は名前は知らないが良く街中で会うし、ぶつかるし、でも危ないときには助けてくれた紳士的な人だ。
私の中では、「絵本王子」と呼んでいる。
「君も買い物?」
絵本王子は、声も良い声だ。聞きやすくて良く通る。
「はい。クリスマスディナーの買い物で……」
あまりのイケメンぶりに、多少声が上ずりながら話していると、エーミルが背後から私のお腹に手を回して抱きついてきた。
「ねぇ、マリアが心配するから早く買い物して帰ろう」
エーミルは私より背が高いので、小さい子供のお強請りというより大型犬にしがみつかれているような感じだ。エーミルは普段からこういうことを私に対してするようなタイプじゃないし、マリアは買い物に行った私が帰ってくるか心配なんかしない。
何を考えているのか?と私がエーミルを見上げると、エーミルは警戒心むき出しで絵本の王子を睨み付けている。
「ああ……ごめんなさい。ルームメイトの親戚の子なんだけど。はやく買い物して帰ろうと思うの」
「こちらこそ、ごめんね」
絵本の王子は善良な人で、申し訳なさそうに逆に謝ってくれた。私はセロリアックを買ったが、絵本の王子は買わないで人混みに紛れていった。
「セロリアック買わなくていいのかな?」
「君ね。注意しろよ。あの男、君がいたからセロリアックに手を伸ばして注意を引いたんだ」
「えー?まさか。私のことなんか、ちんちくりんのアジア人ぐらいにしか思ってないんでは?」
英国にきて、人種差別される側になった。日本では基本的に同じ人種の人が大半を占めているから感じない疎外感を英国では感じる。アジア人を蔑視するような発言をいちいちしてくる人も居るし、『ただし美人はコーカソイドに限る』みたいなことを言う人も居る。もちろん、そういったことを言わない人も居るけれど、この間別れた彼氏は、「金髪碧眼白人巨乳」が好きでたまらないが、アジア人を味見してみたいという人だった。
別れて良かったと思っているが、日本人であることがコンプレックスになるとは思ってもみなかった。
元カレの所為で、金髪碧眼白人イケメンは女の好みに関しては信じられない。アジア人は味見したいだけだろ?って疑う。
「まー、そう思ってるなら良いよ。知らない男には気をつけて。君、妙な人間に目を付けられて毒薬をロシアンルーレットしたの忘れたの?」
エーミルは、色々な野菜が沢山入ったエコバックを私の手から奪い取ると意地悪そうに、目を細めた。
「忘れてない」
「よろしい。人間なんて脆いんだ。すぐに死んだら、マリアが悲しむから許さないよ」
エーミルなりの優しさに触れて、私は少しだけ気分が上がった。今日の夕飯にはエーミルの好きな物を作ってあげようかな。
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