第27話緑の宝石
フラットに帰ってエーミルは、買ってきた物をスミスさんとマリアに得意げに手渡した。スミスさんは、ニコニコしながらエコバックを受け取って、エーミルを褒めた。エーミルも照れ笑いる。本当の祖母と孫みたいだ。
これから二人は、七面鳥の下処理をするそうだ。
私は、鳥を丸ごと一羽処理することができないのでお手伝いには選ばれなかった。
無理だよ。鳥の尻からハーブや香菜を詰めるの。
明日はフラットの住人たちと、クリスマスパーティーをする。共有スペースには一ヶ月以上前からツリーを飾っていたし、十二月になってからはクリスマスプレゼントを何にするか探り合いもはじまった。
スミスさんとマリアは、スミスさんの住居のある一階のキッチンでパーティの下準備をするので、二階のキッチンでは私が今日の夕食を作ることになった。
クリスマスディナーと被らないメニューにした方がいいかなぁ。
私が冷蔵庫を開けてメニューを考えていると、一階のキッチンあたりからスミスさんの絶叫が響いた。
慌てて階下に降りていくと、どこかで昼寝をしていたミトンが先にキッチンに入っていくのが見えた。
私がキッチンにたどり着くと、スミスさんは右手に大きな何かを手にして震えていた。それをマリアが宥めているがスミスさんの耳には全く聞こえていないようだ。
「スミスさん?」
「見て、ナオ! この大きな宝石!」
スミスさんの手には、成人の拳ぐらいの大きさの透き通った緑色の宝石が握られていた。
「どうしたんですか、それ?」
「し、七面鳥から出てきたの」
スミスさんの話をまとめると、次のような話だ。スミスさんとマリアは手分けしてパーティの下準備をすることにした。スミスさんは七面鳥の丸焼きが得意料理なので七面鳥の下処理をすることにした。
七面鳥は、丸焼きをするときにハーブや香菜などを尻から詰め込んで焼くのが一般的だ。スミスさんも詰め物をしようとして手を鳥の中に突っ込んだところ、何かが手に当たる。骨なんて手に触らないはずなのに、おかしいと思ったスミスさんがそれを引っ張り出してみると、みたこともない大きな宝石だった。
「どうしましょう、これ。鳥が餌として食べたのかしら?」
「スミスさん、落ち着いて。一旦座りましょう。おっと、宝石はこちらに」
マリアが珍しく普通の人のようにスミスさんを誘導して、ダイニングにある椅子に座らせた。ミトンが心配そうにスミスさんの膝の上に座って彼女を見上げた。マリアは、宝石はポケットから出したハンカチに包んでテーブルの上に置いた。
「鳥の餌だったら、鶏肉を処理した時点で気がついたはずです。意図的に入れた物でしょう」
「え? だったら盗品? ヤードに連絡しないと」
スミスさんが慌てて立ち上がろうとしたのをマリアが押し留めた。
「ヤードに連絡したら、大騒ぎになります。よく考えてください、こんなに大きな宝石を所有するのは、さぞかしなのある名士でしょう。大騒ぎしたらどんなことになるか」
「でも、持ち主に返したいわ。こんな見事な宝石無くなったら、困っているでしょう」
スミスさんは、眉を下げて困った顔をしている。良い人オーラが全身から溢れている。
「もうすぐジェームズが来るわ。彼は英国政府に勤めていて信頼性は抜群だし、こういう難しい事件も丁重に扱うわ」
マリアがすごく常識的なことを言ってスミスさんを説得していた。ミトンが意味上げりげにマリアを見上げている。マリアは真摯にスミスさんの瞳を覗き込んで安心させるように何度か頷いた。スミスさんとマリアの関係は不思議で、店子としては面倒極まりない性格をしているマリアをスミスさんは追い出さないのだ。
やがてスミスさんがジェームズに任せることに同意すると、あっという間にマリアは宝石を自分のポケットにしまった。
まるで、他の人にその宝石をよく観察されるのを防ぎたいみたいだった。
「さ、スミスさん準備を続けましょう。私はジェームズが来るまでしか手伝えませんから」
私は一つだけ気になっていることがあった。
この事件、シャーロック・ホームズの有名な事件に似ている。確か、クリスマスの夜にガチョウを買った人が、ガチョウの胃袋から青い紅玉を発見する話。
まさか本当に盗品を受け渡しのために鳥の胃袋に入れたわけじゃないんだろうけど。
「シャーロックの青い紅玉事件とは違うわよ」
マリアがキッチンから二階の共有スペースに戻ってきた。
「でも、だいぶ酷似している気がする」
「そもそも、これをよく見て」
マリアは、ポケットからハンカチに包まれた宝石を取り出した。
萌葱色で透明度の高い宝石だ。ペリドットのようにも見えるけれど、もっと色が濃い。マリアは私に宝石を渡して透かして見るように言った。
私は、宝石を落とさないように慎重な手つきで窓からの太陽光に宝石を透かした。宝石の中心に、小さな影が見えたので目を凝らした。
「うわっ」
影がなんであるかわかった途端、あまりに驚いて手から滑り落ちそうになった。
「人が中にいるわ」
小さな影は、成人の小指ほどの大きさの人型をしていた。目を瞑り佇んでいる。石の中にいるのだから、死んでいるのだろうか。
不気味なものをこれ以上手に持っていたくないので、私はマリアに宝石を返した。
フラれたので倫敦で魔女の助手始めました 橘川芙蓉 @fuyo_kikkawa
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