第20話ジェームズの職業

 マリアって料理上手だな。険しい表情をしていたジェームズもエーミルも、多少穏やかな表情をしている。

 こけももドレッシングをかけたサラダも食べてみよう。


 かりかりに焼けたケールと、香ばしいカボチャの種、チーズと酸味のあるこけももドレッシングという斬新な組み合わせだ。このセンスどこから来るんだろう。


「どう、美味しい?」


 マリアが私を上目遣いで見てくる。人形みたいな美人にそういうことをされると、同性でもどきどきする。


「おいしい。このこけもものドレッシングとか、見た目も綺麗で美味しい」


「よかった。故郷の味だから」


「故郷?」


 マリアはイギリス人じゃないのかな?



 あれ……?「魔女」って人間じゃ無いの?また、トカゲもどき的な何かなの……?


「スウェーデンなの。両親はスウェーデン人とデンマーク人よ」


 確かに。言われてみれば、マリアの透けるような金髪は北欧の人に多いかも知れない。ヨーロッパとかスカンジナビアとか地域ごとに、人の特色があるみたいだけど、まったく分からないんだよね。

 言われてみれば、そうかも!ってぐらいしか区別がつかない。


「こけももをよく食べるの?」


「ドレッシングとか、ジャムとか色んな物に加工するわ」


 私はもう一口サラダを食べる。これが、スウェーデン料理の味なのか。


「マリア、伝えておいた方が良い。巻き込むのだろう」


 私の向かいに座っているジェームズが、私とマリアのやりとりを聞いて、口を挟んできた。何をマリアは隠しているのだろう。


「貴女を怖がらせるつもりは無いのだけれど、SNSとこの間この家に押しかけてきた男には注意して」


 私は、SNSをあまり利用しない。インスタグラムのアカウントは持っているが、ほとんど写真をアップロードしたことは無い。以前は、ビルがよく写真をアップしていたけれど、私の写真をさらにアップすることはないだろう。


「ビルが……何か?」


「あの男がこの家に来たときに、拾った紙よ」


 マリアは懐から名刺サイズのメモ用紙を取り出した。ぐしゃぐしゃに折れ目がついたメモで、黒インクの汚い走り書きで、電話番号と「幻想動物研究所」と書かれていた。


「幻想動物研究所……?」


「フェイスブックやツイッターなどを積極的に展開している団体よ」


「ブログまである」


「ビルは、そういう空想動物全般が嫌いだったはずよ。私の……その……見えてしまうことを、批判していたから」


「その男の嗜好はどうあれ、かつて君の身近にいた人物が、別口で目を付けていた怪しい団体と接触しているのだ。注意したまえ」


「そもそも、ジェームズさんて何者なんです?」


 だいぶ偉そうに忠告してくるけど、何者なんだろう。警察官っていう雰囲気には見えないし。


「ジェームズ、という名前で、分からないかね?君は、俺の名前を知っている」


 イギリスでは、ジェームズというのはありふれた名前だ。あの人もジェームズ、この人もジェームズなんてよくある。

 でも、この人がそういうことを言う、ということは今までの会話にヒントがあったのだ。


 ……そういえば、MI6がどうとか言ってなかったっけ?MI6でジェームズと言えば……!


「007、ジェームズ・ボンド……!」


 世界的にも有名なスパイ小説の主人公の名前を出した。最近公開されたシリーズのジェームズ・ボンドの映画は人間味に溢れてて、ファンになった。


「……エーミルの名字、ボンドなの?」


 兄弟、ということは同じ名字のはずだ。複雑な家庭の事情で同じ名字では無いかも知れないけれど。


「不本意ながら」


 エーミルは、また頬を膨らませる。そんなにジェームズと兄弟なのは嫌なのか。


「あくまで人間側での名乗りだ。我々一族と、王家は協定を結んでいるからな」


「えっとそれって、私が知っても良いことですか?」


 なんか知ってはいけないことを、聞かされているような。


「……知らないのか?」


 ジェームズは、とても驚いたようにマリアを見た。私が何も知らないことを驚いて居るみたいだ。もしかして、マリアが私に話していると思ったのかな?


 どうしよう、口封じに殺されちゃう?


「ルームシェアをするということで、身辺調査をさせてもらったわ。ニレイという名字も聞き覚えがあったし。……端的に言うと、貴女も私たちと同類っていうこと」


 え?同類……?


「詳細は、貴女の家族に聞くと良いわ。日本のアレコレは複雑すぎて、私にもよく分からなかったの」


 え?うち、何か普通じゃ無いの?

 今度年末に実家に帰ったときに、聞かなくちゃ……!






 夕食の後片付けをしているときに、マリアにミトンの行方を聞いた。


 今日こそ、あの素晴らしい毛並みを堪能したい。


「今日は、スミスさんの部屋でお泊まりよ」


「日ごとに寝る部屋を変えるなんて、なんて遊び人」


「一緒に寝るのはスミスさんが最高って言ってるわ」


 スミスさん、体中からいい人オーラがでてるもの。ミトンも、そのオーラを感じ取ってそう。動物に好かれる人って言うのかな?居るだけで、動物が寄ってくるっていう雰囲気。


 結局今日も、ミトンの毛並みを堪能できずに終わった。




 次の日、エーミルはジェームズに連れられてイートン校へ帰って行った。エーミルは、誘拐された上に血液採取までされているのだけれど、大丈夫なんだろうか。自らついていった、って言っていたけれど。トカゲもどきだから、精神的なダメージとか負わないってことなんだろうか。

 エーミルは、次はクリスマス休暇に、こちらに帰ってくると言っていた。



 それから数日間は、新たな死体が発見されることも無く、迷惑な訪問者があるでもなく、平和に過ごしていた。

 だから、なのかもしれない。


 会社からの帰り道に、待ち伏せをしていたビルに無理矢理タクシーに乗せられ、どこかへ向かっている。


 やばい、なんか、これ、人気の無い方角へ向かっている……?

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