6話 現代のアイテム
私の住む土地からおおよそ二日も馬車で駆け抜ければ、いよいよ王都にたどりつきます。
そこは真っ白な石壁に囲まれた城塞都市でした。
いざという時は生き残った人類が避難して立てこもるための防衛設備があり、広い街の三分の一は自給自足のための特殊な農場になっているということでした。
他にも王城があるのはもちろん、魔法の研究をするための塔や、世界各地からものの集まる
田舎に住んでいる少年少女はみなそうなのかもしれませんが、私も王都に憧れを抱いている一人です。
王都というのはどんな街なのだろう、と王都で出稼ぎをしているパパの話から想像をふくらませつつ、今日まで空想の中に王都を思い描いてきました。
私は改めて王都を見て、想像に間違いがなかったことを確信し、感動しています。
王都には、思い描いていた通り、お金のにおいが漂っていました。
この街には一割のお金持ちと、六割の平民と、三割の貧民が住んでいるのです。
私はこの街で一割のお金持ちになりたいという夢を抱いていました。
しかしその夢は無垢なものです。
具体的な手段などなに一つ描いてはいないのでした。汚い現実などいっさい考慮していないのでした。
ただただ純粋に『働かずに生きていきたい。贅沢をして』という想いだけがこの胸にはあるのでした。
「あの、グレン様、先ほど連絡が来まして、陛下は『ビースタニア獣人諸王共和国』に発たれたそうです。グレン様転生の際に、魔法陣を描くため国土の一部を借り受けたお礼に出向かれたとかで」
「……?」
先ほど連絡と言われて、私は困惑しました。
目の前の女性騎士は、ここまでずっと押し黙ったまま、私の対面に座り続けているのです。
もちろん二日間もありましたから、食事やお手洗いなどもありますし、睡眠もとります。
私の眠っているあいだに伝令が来た可能性も、本来ならば思い描くべきなのでしょう。
しかし今、私の頭の中にはちょっとものすごいことが起こっていて、周囲がどんな地形で、どのような生き物がどのぐらいの数いるか、立体図で、具体的にわかるのです。
これも祖父のパーク……スキルがある影響なのでしょうが、こんな情報量を常に頭に流され続けていてもつらいので、その制御のために無言のまま努力し、つい先ほど、ようやくどうにか制御できるようになったところなのでした。
だからこの二日間、もし伝令が、ようするに人間が近寄ってくれば、私は寝ていても気づいたことでしょう。
しかし私はそういった気配を察知していません。
いったいいつ伝令を受けたのか。それとも『すまない、急用があるのを思い出した』みたいに、陛下に避けられているのか……
私の素の沈黙を、女性騎士は『昔の男』の沈黙だと判断したようでした。
「ああ、グレン様はご存じありませんでしたね。現代は、このような」女騎士は手のひらにすっぽり隠れる大きさの、テカテカした板を示しました。「通信器具があるのです。これでやりとりをするのが普通となっているのですよ」
「……なんだそれは」
「二十年前だとまだなかったと思いますのでおどろかれるのも無理はありませんが、この『
私、アン。十歳。そんなもの知らない。
というかうちの田舎にはそんなものありませんでした。
私の基準では『持ってないし、知らない』のが普通なのです。
一人一基が普通と言われても、それはうちの地元の話ではないのです。
私は女騎士様に対して不満と反感を抱くことを止められそうもありません。
都会の人はこうして『都会こそが世界のスタンダード』と言わんばかりの態度をしばしばとります。
彼ら彼女らにとって、それは差別でもなく、田舎を見下しているわけでもなく、普通の思考なのです。
けれどそこには無言の見下しがありました。
無意識に田舎を馬鹿にしている響きがあるのです。
都会で流通しているものは世界的に見れば都会だけでしか流通していないのであり、間違いなく少数派なのですが、人口の多さと富の多さと、あらゆるものが集まるにぎわいから、都会人は自分たちこそが多数派であり普通だという価値観を心の根っこに持っているのでした。
その自然な傲慢さを私はひどく嫌いました。
こうしているあいだにも女騎士様は『二十年前で文化が止まっているおじさん』に対し、嬉しそうに音信魔導器の説明をしています。
ところが彼女が話している相手は二十年前に死んだおじさんではなく、十年前に生まれた女の子なのです。
十年前に生まれた女の子のくせに、私は『一人一基持っているアイテム』のことをさっぱり知りません。
その屈辱感たるや自分でも信じられないほどのものがありました。
すべては田舎が悪いのです。都会の人が都会で文明の端っこを未来へ未来へと押しているあいだに、田舎はその文明をおしすすめる動きから取り残され、都会の人の何気ない『普通の話』に深く傷つくのでした。
「歳をめした方は操作方法にまごつくと思いますが、よろしければお教えしますので、なんでも聞いてくださいね」
けっこう無礼なことばっかりしているのですが、女騎士様は私に優しくそう言ってくださいました。
私の胸中には敗北感がうずまいています。
私はあれだけ焦がれた王都に、全然わくわくしなくなってしまいました。
こういう無意識の差別がうずまく街、王都。
これからうまくやっていけるか、不安です。
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