三章 聖剣祭
17話 身体測定・前編
身体測定と聞いてドキリとしたのは、私が不摂生だからというのが理由ではありません。
私の中には『影の英雄グレン』の力があり、それは、身体測定のさいのパークチェックでつまびらかになってしまうのではないか、と思われたのです。
この学園は次代の英雄を育て、選出するところではあるので、国民の平均よりはだいぶ上の能力を持つ子らが集ってはいるとは思うのですが、さすがに『影の英雄』ほどの者が一年生にいてはまずいのではないか、と私は考えたわけです。
そういう時に私が真っ先に連絡をとるのは女騎士さんなのでした。
『大丈夫です』
私はギュンター様と決闘させられそうになった時にだいぶ女騎士さんへの信頼を欠いておりますので、なにが大丈夫なのか、どう大丈夫なのか、それは『客観的な大丈夫』なのかをしつこく確認する必要性にかられました。
今の私の中身は『昔の男』であり、昔の男はしゃべらないものなので、口頭でのやりとりであれば質問に窮したでしょう。
しかし『昔の男』はなぜかメッセージのやりとり、それも年若い乙女へのメッセージ送信では
私の絵文字と顔文字をふんだんに使用したメッセージに、女騎士さんは丁寧に回答してくださいました。
『まず、グレン様の能力についてですが、それは最大レベル近い「鑑定」でないとわからないようなのです。
身体測定で用いられるような、通常の、魔道具を使っての鑑定では、はアンちゃんの持っていた能力が見えるのみだと、鑑定、証明書発行などを専門にしているセリエ教新説派最大神官であるエリザベート様が確認済みです』
『次に、身体測定をおこなう担当者は陛下のご友人で、事情を知っている数少ない一人であらせられます。
仮におかしな結果が出たとしても、それとなく偽装していただけるものと、うかがっております』
『最後に、これは余計なことかもしれませんが、身体測定は、学年別、男女別におこないます。
身体測定を受けるさいに、アンちゃんにとっての同性、つまり女性が、一つの部屋でみんな下着姿になる瞬間がございます。
グレン様は大人なので、十歳かそこらの女の子たちの下着姿には興味がないものと思われますが、それでも、女の子というのは視線に敏感なものですから、無遠慮にじろじろ見たりしないよう、お気をつけください』
生きていれば五十代、死亡当時三十代のおじさんを十歳女児の身体測定に放り込むのは、なんというか、私を学園に通わせた人たちの配慮不足が原因の問題に思われました。
しかし私はおじさんのフリをしているけれど女の子なので、最後の一つはなんの問題もありません。
私はおじさんのロールプレイとして『今度お食事でも行こうか? お返事待ってるヨ』という文面を顔文字つきで送りました。
『では、王都で私がよく使っている食事処にご案内いたしますね』
社交辞令にもきまじめな対応をしてくださる女騎士さんのことが、だんだんかわいく思えてきたところです。
こうしてメッセージのやりとりを終えた私に、ガートルード様から声がかかりました。
「ねぇアン、あなたはずいぶん『
自室のベッドの上で私が誰とどんなやりとりをしていても自由であるべきと私は考えるのですが、ガートルード様は集団の中でリーダーシップを発揮する者特有の病気というのか、一人でなにかをやっている者の行動について、隅々まで知りたがる癖があるようでした。
こんな、仕切りはカーテン一枚きりしかない二人部屋、しかも普段はガートルード様の強い希望でカーテンを閉じられないというプライバシーに配慮されていない空間において、ベッドの上ぐらいは不可侵の聖域でいてほしいと願うのは、わがままなのでしょうか?
しかし相手は王族で私の『友人』なのです。
王族の不興をかうのも、私のことを友人と思いこんでいる相手に『裏切られた』と勝手に裏切り者認定をされるのも、のちのちとてつもない面倒をしょいこみそうな気配がして好ましくないので、私はガートルード様のご質問に可能な限り答えようと努力します。
「実は、この学園卒の、王都勤めの騎士様に知り合いがおりまして、そのかたに、学園生活などのアドバイスをいただいているのですよ」
「まあ、どなた? 学園卒業者で王都勤めなら、わたくし、王宮でごあいさつをしたことがあるかもしれないわ」
「……」
女騎士さんの名前が思い出せません。
あの人は私にとって『女騎士』なのでした。それ以上でもそれ以下でもないのです。
これは決して、決して『どうでもいい』と思っていたわけではなく、親しい間柄の男性を特別な意味をこめて『お兄ちゃん』と呼ぶ感じで、私にとって『女騎士』といえばあの人を指すという、いわば敬称なのです。
私は慌てて『
「マルヴィナ様です」
「ねぇ、名前を答えるまでに間があったのはなんで?」
「いえ、私のような庶民との関係が王族であらせられるガートルード様につまびらかになり、彼女の名誉に傷がつかないか、それを少し心配したのです」
「わたくしの友人と付き合いがあって、どうして名誉に傷がつくのかしら! アンは変なところで心配性ね」
「気弱なもので、人が気に懸けないところばかり、気になってしまいます」
「そうなの? もっと気楽に生きなさい。……ふぅん、マルヴィナ、マルヴィナ……ああ、去年だったかしら、おととしだったかしら。とにかくここ三年以内に聖剣学部を主席で卒業した騎士が、そんな名前だったと記憶しているわ。なんでも最年少でお父様の近衛に取り立てられたのだとか」
すごい人でした。
まあ、影の英雄グレンの転生は最高レベルの国家機密らしいので、(王族であるガートルード様でさえ知らないような)その情報を年若くして知っているのであれば、それは、優秀なお方なのでしょう。
「でもお父様の近衛が知り合いなの? どこで接点があったのかしら?」
「この学園に通うことになった時にたまたま知り合ったのです。優しいかたで、田舎から出てきて都会に呑まれかけていた私に、ずいぶん親切にしてくださいましたよ」
「へぇ。素敵なかたなのね。成績も優秀だし、今度、わたくしもごあいさつをしてみようかしら。紹介してくださらない?」
私はそういう、人と人を巡り合わせるような行為を大変無意味と考えておりますから、『余計な仕事をせおいこんでしまったなあ』と、げんなりした気持ちでおりました。
しかし王族に逆らうのも面倒くさいので、女騎士さんにおじさん文章で『ガートルード様が興味を持ったので今度合コンをセッティングしようネ』と送っておきました。
返事はすぐさま来ました。
かなり乗り気なのがうかがえる返事です。
返事の段階で詳しい日時やら場所やらが記されているので、これは本気の『会って食事でも』なのだとわかります。
本気ではない『会って食事でも』は『機会があったら』とか『いつか』と日時や場所を濁されているものなのです。
貴族界隈ではよくそのように『断るという言葉を使わない断り文句』が使われているのだと、パパが憎らしげに言っていました。
面倒になった私はガートルード様と女騎士様を同じトークルームに招待して、あとは勝手にやってほしいという旨を貴族的に告げて放置することにしました。
私の『
身体測定に向けてかわいい下着を選ぶという、大事な仕事が、あるのでした。
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