18話 身体測定・中編

「アン、君は実家の支援がないと聞いたが、服などはどのようにそろえているんだい?」


 授業と授業のあいまには休み時間があります。


 これは次の授業の準備などにあてるための非常に短い休みなのですが、この時間にわざわざ自分の座席から移動してきて私に話しかけてくる者がいるのです。


 その者はふわふわの金髪をかきあげ、青い瞳でまっすぐに私を見て話しかけてくるのです。

 そうして正面から視線を向けられるとたじろいでしまう私としては、顔をそらし、うつむきながら、「ご縁のある貴族の方から」と、か細い声で答えるしかないのでした。


 すると私の隣に座っていらっしゃるガートルード様がたしなめるように口を挟みます。


「ギュンター、アンは恥ずかしがり屋なのよ。そんなにまっすぐに話しかけてはいけないわ」


「……そうはおっしゃられましても、僕はこれ以外の話しかたを知らないのです。話す時は、相手の目をまっすぐに見る。これが礼儀だと、僕は教わりました」


「礼儀の根底は相手への思いやりだもの。アンがそれを苦手とするなら、アンに合わせた態度をとるのが、礼儀ではなくて?」


「む……そうかもしれません。ただ、僕はその……僕の名誉のために不名誉を被ったアンに、なにか返せるものがないかと、それを知りたいのです。そのためには、まっすぐに問いかけねばならないと考えております」


 私があなたたちに返してもらうべきは、一人きりの静かな時間ですかね……


 ギュンター様は決闘の翌々日ぐらいからこうして私に話しかけては、貴族という立場と金銭をちらつかせてくるのでした。

 今も『実家の支援がないと聞いたが』、という切り出し方で、『よければ金、出そうか?』というような話につなげるつもりだったのです。


 私としては黙っていてもお金を支払ってもらえるというのは、それはそれは心地よいと思いつつも、そもそもギュンター様を落とし穴にハメたのが私ということもあり、いつそれがバレるか気が気でなく、さっさと視界から消えてほしいという気持ちばかりがつのるのでした。


「それにしても」ギュンター様はまだ席に帰りません。「早々にアンに目をつけ支援をするというのは、なかなか見る目の高いお方がいらっしゃるものだ。よければ君に支援をしている貴族がどこのどなたか、うかがいたいのだが」


「……申し訳ありません。言ってはならないと」


「うん、そうか。いや、この学園で優秀な成績をおさめる者に貴族から支援があるのは珍しいことではないが、それにしても、身体測定以前の今の時点から、早くもとは、僕の父もおどろいていた」


 ギュンター様はどうやら、私のことを実家に報告している様子でした。


「僕からの話を聞いて、父もまた支援をしたがっているのだが、しかしすでに支援をしている家がどこかわからないことには、兼ね合いというものがあるとかで、なかなか支援に乗り出せないということだ。……まあ、名を隠しているということは、大きな家ではないか、大きすぎる家か、そのどちらかだという話ではあるけれど」


 王家です。


 私の服も『音信魔導器フォン』も、王家がお金を払っているのでした。


 実際に買ってくれているのは女騎士さんなので、あんまり王家に恩義を感じにくい状態ではありますが、私の衣食住は今、王家により支えられているのです。


「よろしければ、君から出資者に連絡をとって、僕の家でも君の支援をさせてもらっていいか、たずねてみてはくれないかな? 優秀な学生はすぐに支援枠がうまってしまうから、早いほうがいいのだと、父もいていたよ」


 一日に三十通ぐらいメッセージが来るんだ、とギュンター様は笑いました。


 それはなんていうか大変な頻度だと思います。

 貴族はヒマなのでしょうか?


「特に、じき身体測定だろう? そこで僕らの所持しているパークなんかもわかるから、そうなると支援をしたい家が一気に増えて、枠の取り合いになってしまう。まして君は三学部同時合格なわけだから……」


 三学部同時合格というのは、それだけで支援が引く手あまたになる称号のようでした。

 それでもまだ私に『支援』の申し出がとどいていないのは、私の影の支援者たる王家が差し止めているのか、身体測定が終わるまで様子を見ているのかなのでしょう。


 個人的には後者のように思われます。

 なにせパークというのは十歳ぐらいまでに決まって、新しいパークが増えることはそうそうないのです。


 騎士団に招きたい者がいたとして、その者が騎士に必要な『剣技』のパークを持っているとは限りません。

 だからこそ、一年生最初の身体測定後に支援申し出が増えるのでしょう。


 だいいち、私の三学部同時合格は、王家のコネによるいつわりの合格なのです。


 たしかにこのあいだの基礎教養中間試験では普通にやって普通に優秀な成績を修めてしまいましたが、まさか試験結果が学園の内外に発表されるとは思わずにいたゆえの失敗です。

 そんな目立つことになると知っていたら、もっと手を抜きました。

 そのあたりの説明を、教師はもっと、子供にも興味が持てるようにすべきだと思います。


 それにしても次々学園のシステムがあきらかになってきて、私は戦々恐々としてしまいます。


 支援枠というのは優秀な学生に貴族や大商人などが出資し、将来的に出資額をなんらかのかたちで返還してもらうという制度だそうです。

 つまり人材の青田買いというわけなのですが、その制度のせいでみな成績面で競い合うように必死になり、あたりには常にピリピリした空気が漂っているかのようでした。


 ガートルード様の周囲だけは比較的穏やかな空気なのですが、それは集まってくるのが貴族やら大店の商人の子やらで、『出資されなくても平気だし、なんなら勉強しなくても成績がいい』みたいな連中ばかりだからです。


 私はピリピリした空気が嫌いなものですから、そういった意味でガートルード様のおそばにいることができるのは幸運に思います。

 ですが、ピリピリした空気と同じぐらいにやっかみの視線も嫌いなもので、ガートルードグループにいない、特に私と同じような田舎から出てきた子からの視線には、うんざりするものがあります。


 しかし一方で私は優秀だと言われるのは大好きなので、一度成績優秀者として認識されたあと、試験の成績を意図して落とすというのも難しく、なんなら試験前には成績アップのための勉強などしてしまいそうな勢いで、これはまずいな、とも思います。


 私はただ、苦労をせずにいい暮らしがしたいだけなのです。


 出資してもらえるのであれば、そしてそれに将来拘束される決まりがないのであれば、ガンガン私に貢いでほしいとは、思うのです。

 成績優秀な美少女を見る羨望のまなざしは気持ちがよく、そこに嫉妬ややっかみがないのであれば、もっと私を見てほしいとは、思うのです。


 しかし出資されればそれに見合った働きを将来返す必要性が生まれるし、羨望と嫉妬はセットでやってくるし、人生は、いいところだけつまみ食いするわけには、いかないのでした。


「……おっと、次の授業が始まりそうだ。なあ、アン、君、僕の家が出資する件、考えておいてくれよ。君は優秀だし、器量もいいし、心も広く、なんていうか……貴族的だ。僕は個人的にも君に援助をしたいぐらいだ。絶対に、我が家の支援を受けてほしいんだ。頼むよ」


 決闘の時にギュンター様の名誉をおもんばかるフリをしたばっかりに、彼はことあるごとに私に恩返しをしようとしてくるのでした。

 人生はうまくいかないというか、結果的に見れば決闘のくだりがマジで無駄で、あっちは勝者なのに私がこうしてガートルード様の友人的扱いになっているのに文句一つ言わないし、本当にあの決闘はなんだったんだ、とモヤモヤしたものが心に覆い被さるようでした。


「ねぇアン、わたくしもね、あなたの支援をお父様にお願いしてみるつもりなのよ。身体測定が終わるまでは決められないけれど、きっと、あなたはすごいパークを取得しているに決まっているもの。だってわたくしと同じ、三学部同時合格者ですものね」


 そっちはすでに受けています。


 まあ王族に支援されていることが表に出せるようになれば、私がしなければいけない隠し事が一つ減るので、よいこととは思います。


 しかし、学園生活は、予想と違う方向で面倒くさいことになってきている気がします。


 さっさと『影の英雄』の役割を果たして引退し、誰かに生活費を出してもらってごろごろして生きていきたいものです。


 聖剣をガートルード様に。

 魔導を妹のメアリーに。

 あと一人、奇跡を継ぐ者に誰か手頃なのがいないか、もうちょっと真剣に目を光らせてみましょう。

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