20話 聖剣祭準備・前編
ハンナさんについて身体測定後に観察していたところ、これといった成果の得られなかった私は、いよいよもって強い恐怖におそわれ、早くこの問題をどうにかしないと、夜も眠れないのではないかというほどおののきました(まあ眠ります。文明遅延圏出身の私にとって、眠る以上のスキンケアはないのです)。
私は人と接するとかなり早い段階で『敵』『味方』『利用できそう』『かかわらないほうがいい』を判断しますから、ハンナさんのような意味のわからない接触をはかってきた相手というのが、我慢ならないほど苦手なのです。
こういった問題を私は早々に解決したいと願いつつも、しかし私からハンナさんを探る行動を起こせずにいました。
私は面倒くさがりなのです。
問題があるかないかわからないなら、ないほうを願うのでした。
行動すべきかすべきでないかわからないなら、しないで、時間という神の管理するものに解決をたくすのが大好きなのでした。
しかし落ち着かない日々が過ぎていきます。
私にはきっかけが必要でした。
生来、私は引っ込み思案なのです。
防衛行動はとるけれど、自分から積極的になにかをするのが大の苦手なのです。
私は、私になにか行動をさせるのに、大義とか、強制力とか、そういったものを常に求めていました。
私は面倒くさがりで、そのせいでひとさまに迷惑をかけることもあるかもしれませんが、私の面倒くさがりという性質のせいでもっとも被害をこうむっているのは、他ならぬ私自身なのでした。
しかしすでにガートルードグループみたいに目されている私に、違ったグループに属するハンナさんと接触する理由が持ち上がることはありません。
クラスというのがすでに学園という大きな集団の中で、一学年に五つ、六学年で三十ある集合体の一つにすぎないはずですが、その中でもさらに細かくグループ分けがおこなわれているのでした。
その明文化されないルールの中で細分化されたグループ同士というのは、大きな視点で見れば『クラス』という同一のグループ内にいるのですが、おどろくほど接触の機会がなく、事務的以上の会話をしようと思うと、特別な理由が必要になるのです。
この『特別な理由』をみずから捻出する気がどうしても起きない私は、もはや神頼みをするしかありませんでした。
そんな私の願いを神は聞き届けてくださったのか、ある日、ハンナさんと話す機会が、向こうからおとずれました。
「あ、あのさ、アン、あんた、聖剣祭はどの学部で出るの?」
聖剣祭というのは学園の三大祭の一つです。
主に運動能力を競う催しであるそれは、現聖剣の担い手であるアルスル陛下も観覧されるので、特に聖剣学部に所属する生徒たちが熱を入れているイベントなのでした。
とはいえ学生は全員参加するものですから、他の学部の生徒にも活躍の機会は用意されています。
だから三つの学部に在籍している、腕章三つを所持する私には、『どの学部として聖剣祭に参加するか』の選択権があるのでした。
ここで意識の高い生徒であれば、間違いなく聖剣学部としての参加を選びます。
しかし私は意識が低いので、同じ質問をガートルード様やギュンター様にされた時に、すでに『ケガ人の救護などを担当する奇跡学部として参加します』と答えていたのでした。
それが役割的に一番楽そうだったからです。
だから、ハンナさんの質問にいつまでも答えない私を見てか、ガートルード様が代わりに応じてくださいました。
「アンは奇跡学部として参加を表明するそうよ。彼女のパークは後方支援向けだったし、わたくしも、ちょうどいいと思ったわ」
王族にこう言われてそれ以上言葉を重ねられる平民はいません。
だからハンナさんも、「そっか……」とどこか寂しそうにつぶやき、そして、こんなことをこぼしました。
「聖剣学部として出るなら、ペアを組んでもらおうかと思ったんだけどな」
「私、聖剣学部として参加します」
反射的にそう言ってしまったもので、ガートルード様が目を丸くし、側近のマリーさんがまんまるメガネをずり落とさせ、そばで聞いていたギュンター様は「ええ!?」とおおげさな声をあげ、ハンナさんは固まるし、私も自分で『なに言ってんだこいつ』と思いました。
しかしその反射的行動は、まさしく神のお示しになられた天啓だと考え直します。
私はハンナさんの内側にもぐりこみたいのでした。
願わくば彼女の親友となって、あの日の行動の意図を聞き出すか、察するか、そうでなくとも無条件で味方扱いされる立ち位置にもぐりこみたいのでした。
この神の与えたもうた機会を、私は自らの意思でつかむことにしたのです。
「聖剣学部として参加します」今度は反射ではなく、考えてから言いました。「ハンナさんがせっかく声をかけてくださったのですから、応えたいと思うのです」
「でもアン、あなた、わたくしが『ペアを組もう』と誘った時、迷わず『奇跡学部として参加します』と答えたじゃない」
ガートルード様とは別に、仲良くなりたいと思わなかったのです。
私は長くガートルード様の親友と観測されやすいポジションにおりますし、色々なお話を聞いているうちにガートルード様の人格についても理解を深めています。
それは公明正大で、分け隔てなく、困っている者があれば手を貸すのを惜しまず、成績は優秀で、されど努力を欠かさず、成績や身分でマウントをとることはあるものの、基本的にこれほど優れてまっすぐな人格を持つ者はいないのではないか、というほどすばらしい気質なのでした。
だからこそ、ますます私は『合わないな……』と思うことが増えるのです。
こんな人と聖剣祭のあいだじゅうペアとして行動したら、私の人格がゆがみそうだと思うのでした。
しかし正直に申し上げるわけにもいかないので、私はガートルード様のお誘いを断っておきながら、ハンナさんのお誘いに乗った理由をこの場でひねり出さねばなりません。
これがなかなか難しく、『王族であるあなたと組むのは気が引けて』と言うと、『普段話してるだろ』とか『ハンナを見下してるじゃないか』と思われます。
さりとてハンナさんのほうを上げると今度はガートルード様のプライドを傷つけてしまうかもしれませんし、そもそも私は、ハンナさんにおべっかを使えるほど彼女のことを知らないのです。
そこで私が目をつけたのは、いつもガートルード様のおそばに付き従っているマリーさんでした。
「奇跡学部ゆえに今回の聖剣祭でガートルード様とペアになれない、マリーさんに申し訳ない気がして、ガートルード様からのお誘いを断らせていただいたのですが、本当は、私も聖剣学部として参加をしたかったのですよ」
「マリーに? なぜかしら」
「だって、マリーさんは、ずっとずっと、ガートルード様とごいっしょではありませんか。それを私が聖剣学部というだけでしゃしゃり出てしまうのは、いかがなものかと、そう考えたのです」
「そんなこと気にしないでも……」
「おっしゃるとおり気にするほどのことでもないのかもしれませんが、私はどうしても、そういう、人が気にしないでいいとおっしゃることが、なんだか気になってしまう性分なのです。けれど聖剣学部として聖剣祭に出たい気持ちもあったので、このたびのハンナさんのお誘いは、本当にありがたかったのですよ」
「……まったくあなたは。本当に、繊細ね」
ガートルード様はお許しくださったようでした。
私はあらためてハンナさんに言います。
「お誘いくださりありがとうございます。聖剣祭、いっしょにがんばりましょうね」
非の打ち所のない、美少女スマイルを浮かべられたと思います。
ハンナさんは私から顔を背けるようにして、「あ、ああ。よろしく」と言いました。
背の高い彼女の照れているような態度はみょうにかわいらしく、最初の接触としては上々なものになったのではないかと、私は確信しました。
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