24話 実感
まったく意外に思うのですが、剣舞の時間が近づくにつれ、私はどうやら緊張しているようでした。
緊張することのない人生を送ってきました。
それは私が、今まで必死になにかをがんばってはこなかったからです。
がんばるのには理由が必要なのでした。
その理由は熱意でも強制力でもいいのですが、そういったものを感じない人生を心がけて生きてきたために、私は今まで、努力しなければとどかない目標を夢に描いたことはなかったのです。
なぜならば私の人生は、二年前にはすでに将来までの展望がクッキリ見えていて、そこに『私の夢』など差し挟む余裕はなかったのです。
病気の妹のために人生を捧げるはずでした。
私には怠惰な性分がありましたけれど、妹のためと思えば、その後の人生を捧げたってかまわないと、そういう気持ちでいたのです。
それは我が家のみんながそうだったからかもしれません。
私の家族は性格に難があるエピソードに事欠かない面々なのですが、それでもみな、家族のためになら努力を惜しまない人たちでした。
お母さんは妹のために内職を増やし、おばあちゃんはお母さんが内職に時間をとられることになったぶん、家事の分担を増やしました。
パパにいたっては『お前の世話になんかならねーよバーカ!』と
だから私にとって、私の将来が妹のためになくなることは当たり前だったのです。
私の一生は、なんらかのお金になる職業に捧げられるはずなのでした。
妹の病気が治るまで、私には夢を見たり、それを実現するために必死の努力をしたり、そういった余裕がないはずなのでした。
そして『妹の病気が治るまでの期間』に、私は『一生』を覚悟していたのです。
そうして夢を見ない私はできあがりました。
だから英雄グレンの魂を降ろす話が持ち上がって、私の魂に補償金が出るのだと知り、私は喜んで応じました。
最後まで反対を続けたパパさえ、最後には折ることが可能だったのです。
『家族のため』という言葉は我が家において殺し文句であり、その理由で行動する限り、どのような無茶も、たとえば十歳にして人生を終わらせるという無茶さえも、通ったのです。
ところが今、私は、妹の治療費の工面と直接は関係ないところで、努力をしています。
予定外のモラトリアムに、私はひょっとしたら困惑しているのかもしれません。
自分の夢を持つなど最初から許されなかった人生に、突然、夢を持っていい余裕ができて、私はこの生活になじめないままでいます。
剣舞が近づくにつれ高まる緊張を、私は他人事のように観測していました。
ひょっとしたら私は、『そこそこ』ではない成功を夢見ているのかもしれません。
人生で初めて、夢を見ているのかも、しれません。
「あたしたちの番だな」
ハンナさんに言われ、剣舞用の軽くて切れない剣を手にし、たくさんの生徒たちとグラウンドを囲むように待機します。
剣舞はさすがに参加者全員が同時にはできませんから、六つの組に別れておこないます。
上級生から順番におこない、最後に私たち一年生がおこなう手はずになっているのでした。
これだけ多くの生徒が同時に舞うのですから、きっと、陛下もその他お歴々も、剣舞の完成度など見ている余裕はないでしょう。
前評判、たとえば貴族だったり、王族だったり、そういう出自で、だいたいが決まります。
それでも私は、つい、言ってしまうのです。
「最優秀、とりましょうね」
言った瞬間に、心臓が強く跳ねて、胸が苦しくなりました。
緊張が最高潮なのです。こぼしただけで取り返しがつかなくなるような、すさまじい言葉を口から吐き出してしまったのです。
でも、高揚していました。
私は今、生きています。
見るはずのなかった夢を抱いて、たしかに英雄グレンではない、ただのアンが、ここに、生きているのでした。
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