25話 剣舞

 このあとには『ハント』も待ち受けているのですが、そんなことは頭から抜けていました。


 今の私はなにかおかしくて、普段なら気にするはずのスタミナ配分(それは肉体的なスタミナではなく、精神的な、『やる気』とも称することのできるものです)を度外視して、ひたすらに、剣舞に打ち込みました。


 ただの戦いであれば相手を圧倒するだけでいいのですが、剣舞は動きを合わせなければいけません。


 私は緊張で自分の動きが速くなってしまっているのを感じました。

 けれど、正面ではハンナさんの動きもまた、練習より速くなっているようでした。


 私は人生で初めて『努力が活きる』ということを実感しているように思います。


 この速度を上げた剣舞は、お互いが同じ動きを何度となく繰り返し、合わせ、そして動き一つ一つの意図を汲んでいないと、とうてい合わせることができません。


 この激しい動きの中で、私はハンナさんとのやりとりを思い返していました。


「聖剣を担うのって、どんな気持ちなのかな」


 休憩中の雑談は、実のところ、そう努力して記憶してはいませんでした。

 それは私にとってどうでもいい話題だったからです。

 人の口から語られるその人自身の夢の話ほど、私にとって興味の薄い事柄もありません。


 けれど今の私は、舞い踊りながら、なぜだか、その時の夕暮れも、ハンナさんの細かな視線の動きも、夕暮れを受けて赤っぽく輝く彼女の茶髪のきらめきも、すべてを鮮明に思い出すことができました。


「アルスル陛下はさ、平民だったのが、神託を受けていきなり聖剣の担い手に選ばれたわけじゃん。それって嬉しかったのかな。それとも、他の気持ちだったのかな」


 二十年以上前のアルスル陛下のお心など、ご本人でさえハッキリと思い描けるものではないでしょう。

 私に聞かれても、当然、わかりません。


 私はこの時、こういう答えの出ない話題提供こそが人と人が親密さをたしかめあう『雑談』という行為なのだと知ってはいましたから、ハンナさんと仲良くなりたいあまり、なんだか続きをうながすような言葉を述べたように記憶しています。


「『人類の脅威』っていう、よくわからないものを倒すのに、いきなり旅立たされたわけじゃん。それってさ、どういう気持ちだったのかな。やっぱり、こわかったのかな」


 残念ながらハンナさんの提供する話題はどれも、私には答えようのないものでした。


 仮に、おばあちゃんの言うように、私の中に『影の英雄グレン』の記憶があれば、そこから推測したものを話すことはできたと思います。

 けれど能力だけが移っているらしい私の中には、やっぱり祖父の記憶も人格もなくって、私は答えに窮し、「さあ、どうでしょう」と応じるしかありませんでした。


「聖剣ってさ、やっぱり、そういう、よくわかんない、こわいのを背負う覚悟がないと、継いじゃダメなのかな。……三英雄の話を聞いて、なんかあこがれて、あこがれだけでがんばってここに入ったようなのが継ぐのは、迷惑かな」


 覚悟。

 私はそういうのを心底どうでもいいと思っているタイプでした。


 覚悟なんて、あらかじめしておくようなものではないと思います。


 我が家はみんな、行き当たりばったりです。


 パパはお母さんと結婚した当初、まさか末娘が病気で悩まされることになるなんて思ってもいなかったでしょう。

 お母さんだっておばあちゃんだって、私だってそうです。


 覚悟もなく始まった状況に、私たちはそろって覚悟をしました。


 必要になれば、覚悟なんかあとから生えてくるものです。


 そうするしかないなら、そうするだけなのです。


 私は、自分でもおどろくぐらいの熱意をもってそう語りました。


 ハンナさんはおどろいて、それから笑いました。


 そうして、こっそりと打ち明けるみたいに、小さな声で、ささやきました。


「なあ、知ってるか? ……話に出てくる『聖剣の英雄』ってさ、すっげーカッコいいんだよな」


 なぜか今思い起こされた記憶に、私は意味を見いだしました。


 ペースを上げた剣舞は続き、時間はまだ余っているのに、私たちは、あらかじめ定めた動きの最後までこなしてしまいました。


 それでも私たちは止まりません。


 制限時間を超過、あるいは制限時間にとどかないで剣舞が終わると、減点対象になるというのが頭によぎらなかったわけではありません。

 けれどたぶん、私たちは、どちらも楽しんでいたのだと思います。


 努力の成果を存分に発揮できるこの場を、楽しんでいたのです。


 私たちを止められるのは、剣舞の課題曲の終了だけでした。

 あの演奏が終わる時、私たちはようやく、この動きを止めることができるのです。


 もう私たちはどちらも知らない動きをしていて、それはまるで音楽や剣に突き動かされているような、不可思議なものでした。

 計画された動きなんてもうありません。

 けれどこの剣舞は次第に鋭さや速さを増しながら、互いに斬りつけるような気迫をみなぎらせながら、紙一重のところで互いの剣閃をかわし、舞いとして成立しているのでした。


 私たちの未完成の剣舞はきっと、音楽の終了と同時に完成するのでしょう。


 そうだとすれば。


 私たちの剣舞は、完成せずに、終わらせられました。


「『ハント』で使うモンスターが逃げた!」


 思わぬ方向から水を差されて、私たちは動きを止めてしまったのです。

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