23話 少女と聖剣

「ガートルード様のお姉様に看護していただきました」


「ああ、ベアトリクスお姉様? そういえば今回は奇跡学部として参加するとかおっしゃっていたわね。聖剣学部として参加したほうが華があるのに、どうしてかしら」


 再びの遭遇に備えて自分を看護してくださった王族の個人情報を仕入れたのち、私は列の一部となることに成功しました。


 すると本来隣にいるはずの生徒に頼み込んで場所を入れ替わり、ハンナさんが私の隣に来ます。


 背の高い彼女は運動服を着ると手足の長さが際立つようでした。

 身長の低い私としては、背の高い彼女の隣にいるとますます小ささが際立つので少しイヤな気持ちなのですが、ハンナさんの親友を目指す身ではそうも言っていられません。


「おい、大丈夫なのか?」


 ハンナさんは心配そうでした。

 けれどこれは、私の身を案じているというよりは、このあとの剣舞に不参加になる可能性を心配している、というように見えます。


 私は体調の心配をされ、気づかわれるのが大好きなので、話した相手が私を気づかっているのか、それとも他のものを気づかっているのか、そのあたりには非常に敏感なのです。


 もっとも、ハンナさんはずっとこんな調子です。


 六学年あるうちの最初の剣舞にしかすぎないはずなのですが、今年度の剣舞にかなり熱を入れ、この剣舞で失敗したならばあとがない、とまで思っているかのような様子でした。


 ずっとこのように追い詰められた顔で接されるのもイヤですから、私は彼女を安心させようと言葉を選びます。


「ええ、体調のほうは、王族のかたのお墨付きです」


「そっか、ならよかった。……あ、や、ごめん……」


「いえ、お気遣いありがとうございます」


「……う、うん」


 ハンナさんは『自分が気づかったのは剣舞に参加できるか否かで、お前の体調についての気づかいは失念していた』と思ったのだと思います。

 そこでグダグダ謝られるのも面倒だったので、私が謝罪を封殺したのでした。


「……ほんと、いける気がするんだよ。あたしたちの剣舞なら、王様の目にも留まると思うんだ。だから、がんばろうな」


 身体測定などもそうなのですが、私は本番当日になってがんばったところでできることなどたかが知れていると思っています。

 ですから『がんばろうな』と言われるととっさに『いや、今さら?』と言ってしまいそうになるのです。

 けれど、その返事が士気に水を差す、とてもイヤな感じのものであることも自覚しているので、当たり障りなく「ええ」と応じました。


「騎士団長とかは、出資もしてくれてるし、あたしに注目してくれてるのかもしれねーけどさ。……アルスル陛下の目に留まらなきゃ意味がないんだよな」


 どうにも、ハンナさんは出資を受けることが目的ではないようでした。


 彼女の行動は、身体測定で私の下着をいじったこと以外、『今年の剣舞で最優秀賞に選ばれること』を目的として一貫しています。

 それだけに下着いじりはマジでなんだったんだと謎が深まるばかりで、ますますおそろしく、私はさっさと彼女の親友になり、なにをしようとも彼女から目こぼしされるような信頼を得ておきたいのです。


「……なあ、アン、知ってるか? この学園ができてからずっと、アルスル陛下は、聖剣を誰にもゆずってないんだ」


「はい。知ってますよ」


「どんなに成績優秀でも、毎年『該当者なし』なんだ。……あのマルヴィナさんだって、該当者には選ばれなかった」


 女騎士さんは存外すごいお方のようで、聖剣学部の、特に平民出身の人と会話をすると、ちょいちょい話題にのぼります。


「聖剣を得るには、それ以上の功績が必要なんだ。……だから、一回だって逃せないんだ」


 剣舞練習の時の雑談などからも感じたことですが、ハンナさんは聖剣を欲しているようでした。


 もちろん簡単ではない受験をくぐり抜け、親元を離れ、なおかつ借金まで背負って(お金のない子は入学や制服作りなどにかんする資金を国から借り受け、卒業後に返すことになっています。出資とはまた違った契約です)聖剣学部に入るのです。

 聖剣学部は聖剣の担い手を選ぶ場所なのですから、それはもちろん、聖剣を欲するに決まっているのでしょうし、もともとそういう理念で設立された場所なのでしょう。


 しかし学園ができてから二十年近くが経ち、そのあいだ『該当者なし』が続いたせいか、今の聖剣学部は、そこまで聖剣継承に必死になる感じでもないようなのでした。


 ギュンター様などを見てもわかりますが、今の聖剣学部生徒は、騎士などの武力職の幹部を目指すのが一般的なようで、必ずしも聖剣継承を目指しているわけではないようなのです。


 それどころか聖剣継承を本気で目指していると知られると、この学園内でも意識高い扱いをされたり、夢物語を語っているみたいにたしなめられたりする雰囲気が醸成されているようです。


 私はハンナさんがなぜそこまで聖剣継承を目指すのか気になりましたが、それはそこまで重大な興味でもなく、本人もそこで押し黙ってしまったので、まあいいかと思い、それ以上聞きませんでした。


 こうして唐突に目標を語るので、きっと彼女の中ではなにかの物語が始まっているのだとは思います。

 しかし私が彼女の『聖剣を目指す理由』を聞いてもきっと共感も理解もできない予感がします。


 私は、なにかを必死に目指している人に共感できたことがありません。


 なので水を差すようなことを言ってしまうに違いなく、そう考えれば、むしろこれ以上彼女の事情に立ち入らないのが、彼女への優しさなのではないかと、思いました。


「がんばりましょうね」


 あたりさわりのないことを言います。

 ハンナさんは「ああ」と熱意をもって夢を追う人の顔で言いました。


 がんばってほしいなあと思います。

 私はアラが目立たない範囲でがんばろうと思います。

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