22話 聖剣祭開始
こんなにも催し物を待ちわびたのは今回が初めてです。
なぜって、朝練、放課後練から解放されるから。
聖剣祭はいよいよ始まりました。
開会式で行儀良く並ぶ全校生徒を見ているとまた気分が悪くなった私は、ケガ、体調不良者などが入る救護用テントで休みながら、開会式の模様をながめていました。
テントからだと、角度的に、今しゃべっている陛下のお姿を拝見すことは困難です。
代わりに居並ぶ生徒たちの様子はよく見えました。
整然と並んだ人々の群れは本当に気色が悪く、私はそちらを直視するたびに吐き気に襲われてしまいます。
それでも私と目が合ったガートルード様がほほえみかけてくれたり、ハンナさんが不安そうに見返してくれたりするもので、目を閉じて引きこもっているのも彼女たちに悪印象を与えそうでおそろしく、気色悪さを覚えながらも人の列をたまに見て、目を閉じてを繰り返していました。
開会式が終わると各クラスが所定の位置へと移動します。
私は人の群れがばらけて多少は気分がよろしくなったものの、クラス列がやっぱり整然としているのでそれがまだ気持ち悪く、しばらくテントの中で過ごそうと決意して、救護用ベッドにごろりと横になりました。
「あなた、大丈夫なの?」
声をかけてくれたのは運動服の上級生でした。
その方は、左肩のあたりに薄桃色の布を巻いています。
これは救護員の目印で、今大会において体調不良になった者の面倒を見る役割を負っている生徒であることを示します。
奇跡学部に割り振られる役割なので、その上級生もまた奇跡学部なのだろうと推測できました(運動服はこざっぱりしたデザインなので、腕章をつける場所がないのです)。
その真っ赤な髪を一本に束ねた上級生は、私に近寄ってきて、顔をのぞきこんできました。
額に手を当てたり、首筋にさわったりしてきます。
無遠慮に触れられるのはあまり好ましくありませんが、相手が同性なので我慢をします。
するといくらかの触診を終えて、救護員の上級生は「うん」とうなずきました。
「顔色だけ悪いけれど、体調自体は問題なさそうね。こういう理由不明の不調は魔法で癒やせないのが困りものだけれど、プログラムには参加できそうでよかったわ」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「あなた、聖剣学部として剣舞をやるのでしょう? 妹から聞いているわ」
「……ええと」
「ガートルードから聞いているのよ」
……あっ、赤毛!
そうなのでした。この学園で赤毛を見たら王族だと思うべきだったのです。
しかしガートルード様はじめ王族というのにどうにも関心が持てない私は、そのあたりの意識が甘く、こうして遅ればせながらお相手のかたが王族だと気づくありさまなのでした。
庶民感覚が抜けていなくて、こう『森を歩いてキノコに行き会う』みたいな勢いで王族に接するというのが、どうにも、頭ではわかっていても、感覚でつかめていないのでした。
「ガートルード様には本当によくしていただいて」
「まだ少し寝ていなさい。妹の誘いを蹴って他の子と剣舞をするのでしょう? その時までに体調を戻さないとね。半端な剣舞など見せたら、あの子、怒るわよ」
怒られる筋合いがない……
ガートルード様のお姉様のお話をうかがうに、どうにもそれは、『私を選ばなかったんだから、そのぶん(?)いい剣舞を見せてくれなきゃ承知しないからね』というようなもののようでした。
意識の高い人の気持ちはわからないなと再確認をしたところで、ガートルード様のお姉様は私に笑いかけ、私の頭をなでてくださいました。
「しかしあなた、美人ね。病臥している子に言うことではないけれど、そうしておとなしく寝ているさまが、とても絵になるわ」
「ありがとうございます」
「わたくし、絵画が趣味なのよ。今度モデルをお願いしてもよくて?」
「服を着ていてもいいですか?」
私の発言に、ガートルード様のお姉様(名前がわからない。王族だから聞いたことはあるはずなのですが、田舎の山奥の庶民生活に無関係すぎて、王族の名前などいちいち覚えていないのです)はおどろかれました。
「もちろんよ! どうしてそんな心配を?」
私のパパは元貴族でしたから、貴族が趣味でやる絵画の情報なども聞き及んでいるのでした。
パパの知っている『絵画のモデル』はたいていがヌードで、それは年老いた男性貴族がゆがんだ性欲を満たすための醜い行いだという話なのでした。
まあ、パパは貴族の家から勘当され、その後努力によって貴族界で家庭教師という仕事を得て、そうして実家から『立派になったから勘当を解いてやってもいいぞ』と言われた時に『うるせーよバーカ! 今さら戻るか!』とその誘いを蹴った人です。
なので貴族にはいい印象をまったく持っておらず、そのあたりのバイアスも加味すべきだったかもしれません。
聖剣祭のあいだは『
正直言えば絵画のモデルをはじめ、あらゆる課外活動は面倒すぎてやりたくないのです。
けれど王族のお誘いを断ることもできず、また、口約束はたいていなかったことになるものと教わっておりますので、私はそこそこの安請け合いをしたのでした。
「そういえばアンさん、あなた、聖剣祭にご家族はいらっしゃっている?」
「いいえ。うちの家族は山奥に住んでおりますので、連絡も容易ではなく、王都に来たところで泊まる場所もなく、畑などもありますのでそもそも家を空ける都合もつかず」
「お父様が王都にいらっしゃると聞いていますけれど。……ああ、ごめんなさいね。王家より出資をすることになったでしょう? ですから、その時に家族構成など、一通り調べているのですよ。わたくしも、聞いていい情報だけは、聞いているわ」
後ろ暗いところは王家も荷担しているのでバレていないと思いますが、自分のことを調べられていると言われると、ドキリとします。
私はなにもしていなくても官憲がおそろしく、そういった『背後に権力を抱えた正義の機関全般』から自分へ目が向けられている気配を感じると、緊張して、息が詰まるのです。
むやみにドキリとした私は、飾るところのない本当の情報を告げました。
「父は仕事が忙しくて」
本当のことを言えば会いたいのです。
けれどパパは、私にグレンの魂を降ろすことを、最後の最後まで反対したのでした。
そうして今、私の中には影の英雄グレンの魂があることにしておりますから、パパと会ってもなにを話していいかわからないのです。
もちろんうまく真実を伝えられれば、王都という、実家から離れた遠い地に味方ができますから、とてもいいことだとは思います。
しかし『娘の体を借りてよみがえった義父』にパパが接触したがるかは、かなり微妙なところです。
私の手紙やメッセージはいちいち監視されているものと思って行動しているわけですし、連絡のとりようもないのでした。
「……大変なのね、あなたも。聞くところによると、妹の親友なのでしょう?」
「はい。ガートルード様にはよくしていただいております」
「……言いかたが悪くなってしまうかもしれないけれど、その年齢で、庶民の育ちで、その振る舞いは、たしかにおどろくほど貴族的ね。元貴族のお父様の教育のたまものかしら。庶民の子が多いので不安がっていた妹も、あなたと出会えてよかったと言っていたわ。……ああ、わたくしが言ったこと、妹には内緒にね」
「はい」
「こんな慣れない環境で、ご両親とも離れて、不安でしょう。あなたはあまり体が強くないようだし……入学式でも、顔色を真っ青にしたのでしょう?」
「みなさん、親元を離れていらっしゃいますから。私だけでは、ありません」
「聞けば妹さんの治療費のために、学園に入学したそうじゃない。学園で優秀な成績をおさめれば出資者も出るものね。そのかいあって妹さんの治療を開始したのだと、
そういうカバーストーリーになっているのでした。
「立派なことだわ。なにかあれば、王家と言わずとも、ガートルードやわたくしを頼ってね。あとはマルヴィナも」
……女騎士さん!
忘れてませんよ。
「ああ、うん、話していたら、顔色がよくなってきたわね。もう大丈夫?」
「はい。ありがとうございます」
「いいのよ。わたくしは救護員だもの」
そういえばガートルード様のお姉様は三学部同時合格者だったと思います。
こんな聖剣学部中心のもよおしで奇跡学部に割り振られる仕事をしているのは少々違和感がありましたが……
『三学部同時合格したお姉様』が彼女なのかどうか、確信が持てないので、そのあたりは聞かないことにしました。
王家の家族構成をうまく思い出せないのです。
もし違うお姉様がいて、三学部同時合格者がその人で、目の前の彼女が三学部同時合格ではなかった場合、ちょっと首が飛びそうな侮辱になりかねません。
「一人でクラスの待機場所に戻れるかしら」
「はい。大丈夫です。そこまでお手数をおかけするわけにもいきませんので」
ガートルード様のお姉様は、最後に私の頭をもう一度なでてから、「気をつけてね」と言い残してその場を去って行きました。
私も『戻れる』と言ってしまった以上、ここでダラダラしているわけにもいかず、いちおう体調を確かめながら立ち上がって、クラスに戻ることにしました。
グラウンドでは第一種目が始まり、多くの歓声が聞こえてきます。
私は整然と並ぶ多くの人たちと、響き渡る歓声がどうやら嫌いらしいので、これからの時間は、ちょっとつらいものになりそうです。
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