15話 決闘・中編

『グレン様、決闘をなさるのであれば、相手の子にあまりケガをさせぬようよろしくお願いいたします』


 聖剣学部出身とかいう女騎士さんに相談したところ、なぜか戦う前提でアドバイスをされました。


 私は自分が送ったメッセージを確認します。


 そこにはたしかに『決闘を挑まれた。相手はこちらのために武器防具まで用意してくるらしい。この状態からどうにか不戦敗に持ち込みたいのだが、方法はないか?』という私のメッセージに既読マークがついていたのです。


 騎士というのは激務と聞きますから、そういった忙しさの中で、頭によからぬダメージがたまっている可能性も考えられました。


 私は昔の男ふうに、自分の考えを伝えます。

 女騎士さんは文章を読めていないようなので、できれば通話をして誤解を解きたいところなのですが、ここは寮の私室で、カーテン一枚挟んだ向こうにはガートルード様がいらっしゃいますから、おっさんロールプレイ声をさらすわけにもいきません。


 本当は少女なのにおじさんが乗り移っているフリをしている私は、学園において、本当は少女なのにおじさんが乗り移っているが普通の生徒ぶるためにおじさんは少女のフリをしているフリをしているのです。


『いいか、俺は戦わねぇ。戦わずにことをおさめる方法を教えろ』


『聖剣学部にいるということは、騎士を目指すのでしょう。騎士を目指す者にとって、決闘を申し込んでおきながらそれをすっぽかされるというのは、ひどい侮辱なのです。決闘は受けてあげるべきだと私は考えます』


 侮辱とか言われても知らないよ……

 勝手に決闘を申し込んできて、相手がすっぽかしたら侮辱扱いというのは、とてもひどい風習のように思われました。決闘を申し込んだ者のやりたい放題です。


 そもそも聖剣学部というのは、アルスル陛下が今なお保持している『聖剣』を継ぐ者を選ぶ学部のはずです。

『聖剣学部にいるということは騎士を目指すのでしょう』という口ぶりがもう、学部の創設理念を外れている気がしました。

 もっとも、開校以来『聖剣の担い手該当者なし』状態が続いているので、仕方ないのかもしれませんが……。


『決闘については、専用の武具がございます。お相手の子は、「庶民の子であるアンさん」には都合がつかないものと判断して、自分で用意するつもりなのです。その覚悟を汲んであげてください』


 女騎士さんが完全にギュンター側の立ち位置になってる。


 聖剣学部は気のいいやつらばかりですよとか言われた気がするのだけれど、それはやっぱり脳筋の集まりということで、祖父には相性がいいのかもしれませんが、私とは相性がよくなさそうでした。


『決闘用の武器防具は、使い手がケガを負わないように魔術がかけられています。けれどグレン様は影の英雄と呼ばれたお方ですから、魔術による防御を貫いてしまわれる可能性も考えられます。くれぐれもケガに気をつけて、安全でクリーンな決闘をお楽しみください』


 私はこの世からすべての筋肉が消え失せればいいのにと願わざるを得ませんでした。

 そもそも私は、ギュンターの要求を全面的に呑みたいのです。だというのに、ガートルード様がしゃしゃり出てきて思惑を台無しにしたのです。


 私は基本的にがんばることが嫌いですが、中でも自分に責任がないことの後始末のためにがんばるのがなにより嫌いでした。

 どうにか決闘をすっぽかしたいのに、それができない。

 このイラだちは他に類を見ないほどに強いもので、私はストレスのあまり叫び出したい気持ちをこらえるのが大変でした。


「アン、よろしいかしら?」


 生まれてから今まで、ガートルード様に『よろしいですよ』と言うべきタイミングは一度たりとも思いつきません。

 けれど私にも世間体があり、ガートルード様は王族でした。

 私は権力に逆らうと色々な問題が連鎖的に発生してとても面倒くさいことになるのだという恐怖を抱いているものですから、か細い声で「はい」と応じます。


 ガートルード様は待ち受けていたように、私たちのプライベートスペースを仕切るカーテンを開けて(開けたのはマリーさんでした。なんで消灯時間も近いのに私たちの部屋にいるの?)、話しかけてきます。


「まさか決闘になるだなんてね。噂には聞いていたけれど、一年生の時にクラスメイト同士で起こるだなんて思ってもいなかったから、ちょっとだけ、ワクワクするわ」


 そうですね。

 率直に言って、決闘前にあなたを亡き者にしたい気持ちが強くなってきています。


「わたくしたちは三学部に合格してはいるけれど、それは必ずしも、聖剣学部の子より腕っ節が強いというわけではないわ。特にあなたは体が小さいし、心配ね」


 こっちはな、本当は、お前より年上なんだぞ。

 小さいとか言うな。


 度重なる発言で、私の怒りは臨界を突破し、逆に心は静かになってきました。


 そもそも受ける気がなかったのです。そもそも私はなにも返事をしていないのです。


 私の中でよろしからぬものが声を上げます。


 決闘を受けておいてすっぽかすのは侮辱。

 侮辱とは失礼なことであり、相手に攻撃の大義名分をあたえるのです。それゆえ、私から相手を侮辱することはできません。


 ならば、相手に私を侮辱してもらえばいいのです。


 相手が決闘に指定した時刻に、決闘の場に来ることができなければ、いいのです。


「精一杯、がんばります」


 私はか細く、はかなくガートルード様に申し上げました。

 ガートルード様は「応援しているわ」とおっしゃってくださいました。


 ええ、応援してください。


 ただし、あなたの目の前で決着がつくことは、ないでしょうけれどね……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る