14話 決闘・前編

「黙って見てれば、いつもガートルード様が話しかけてくださるのを無視しやがって! 無礼だぞ、貴様!」


 その発言がどうやら私に向けられたものらしいと気づくまで、数秒はかかりました。


 私は朝食の時間に話しかけられるのをなにより嫌っています。

 食事中のおしゃべりは嫌っていないのですが、学園の、寮生活の朝食という時間で、クラスメイトから毒にも薬にもならないような無駄話を振られるのを、なによりうとんじているのでした。


 最近はガートルード様もそのあたりわきまえてか、私の正面の席に着きはするものの、積極的に私に話しかけてくることも減り、ようやく心地のいい朝食の時間が私のもとに帰ってきたところだったのです。


 それが今朝はといえばまともに話したこともない男の子にいきなりからまれ、私は困惑するやら、どうやって黙らせようか考えるやら、可能なら二度としゃべれなくしてやろうかと思うやら、大変な恐怖に悩まされることになってしまいました。


「ガートルード様はな! 本来であれば貴様のために割いている時間はないんだぞ! それだというのに話しかけてくださるのを無視するとはどういうことだ⁉︎」


 どうやら貴族らしいその男の子は(クラスメイトだった気がするのですが、よく思い出せません)、私が王族のお方と仲良くしているのがたいそう気に入らない様子でした。


 しかし逆に考えると、入学してから今まで、それなりの日数が経っているわけです。

 そのあいだ、私がガートルード様と『親しく』している様子を見つつも我慢できたというのは、十歳児にしてはなかなかの忍耐力なのではないかと、田舎の同世代をよく知っている私としては思うわけなのでした。


 ともあれこういう掌握しきっていない土地で誰かにからまれた場合、私は悲しげに顔を伏せて、消え入りそうな声で「ごめんなさい」と言うことにしています。


 多くの場合、こちらが殊勝な態度をとりさえすれば、相手の溜飲が下がるというふうに私は考えているのでした。

 それで調子にのってより強い加害をしてくるようならば、それはもう戦いを始めてしまっていいということなので、遠慮や容赦から切らなかった手札を切ればいいだけなのです。


 しかしここで、状況は私の予想を超えた方向に推移しました。


「よしなさいギュンター。アンはわたくし自らが友人として選んだのです。あなたにとやかく言われる筋合いはなくてよ」


 ガートルード様が私をかばったのです。


 余計なことをしやがって、と思いました。


 経験上、こういう手合いはたしなめられたり怒られたりすると、余計に燃え上がるのです。


 私は故郷の村でもか弱く可憐な少女だったものですから、男の子にからかわれたりすることも少なくはありませんでした。

 そういった時にこういう間違ったタイミングで間違った介入を大人がしてくださることもあったのです。

 それが本当にすさまじく迷惑で、大人に怒られた側はその場では反省したような態度を見せるのですが、不満から、やり口が陰湿に、そしてやる期間が長くなり、私が陰惨な復讐をせねばならない事態に陥るのが常でした。


 都会ではなるべく手を汚したり、人の心に傷を残すようなことはしたくないのです。


 だから私はガートルード様に、いかにも気弱で反論の一つもできない美少女を気取って、消え入りそうな声で「やめてください」と言いました。


 それは本心からの『やめて』だったのです。

 けれど、ガートルード様はどうやら私がガートルード様のご友人という立場であり、その立場を今後も維持したいものだという度しがたい妄想をしていらっしゃるようで、ますます憤慨し、ギュンターとかいう金髪の少年に食ってかかります。


「わたくしの交友関係については、お父様にも、お姉様にも、口出しさせません。それともギュンター、あなたの立場は、国王陛下であらせられるお父様や、その娘であるお姉様たちの意思を飛び越えて、わたくしに諫言かんげんできるものだとでも言うのかしら?」


 ガートルード様には悪い癖があって、よく地位や成績で人にマウントをとります。


 本人は鼻にかけてるとか悪意があるとかそういうふうではなく、まだ十歳なのでほかのマウントのとりかたを知らないだけという感じなのですが、それでマウントされたほうが機嫌を損ねるのは、火を見るよりあきらかでした。


 ギュンター様は私が覚悟した通り不機嫌になり、なぜか私をにらみつけます。


 権力なのでした。

 国王陛下に連なる王族をにらむわけにはいきません。


 こうして不満は高いほうから低いほうへ一方通行となり、もっとも高みですべてを睥睨へいげいするガートルード様は『友人をかばった』という満足感を得、それと引き替えに私におはち・・・がまわってくるのでした。いい加減にしろ。


「お前、聖剣学部でもあるのだな。僕もそうだ」


 唐突な話題転換に思えますが、たぶんこのタイミングなので、話題はさっぱり転換されてないのでしょう。

 私はぎゃあぎゃあわめく同級生を見ながらパンをかじり、悲しげにまぶたをふせつつミルクを飲み、ギュンター様が話を続けるのをおとなしく待ちました。


「聖剣学部では、伝統的に、なにかに不満があるもの同士で話をつける場合、決闘という制度がある。ガートルード様のご友人の座を懸けて、僕と決闘をしろ」


 生徒手帳にはざっと目を通しましたが、そんな校則はなかったように思われます。


 たぶん生徒間で脈々と受け継がれる的なものなのでしょう。


 明文化していないルールには従わなくてもいいと思うので、私はまた「ごめんなさい」と謝ってどうにか『ごめんなさいパワー』でこの場を押し通ろうとします。

 しかしここでもいらんお節介をやいてくださるお方がいらっしゃいました。


「それでギュンターが納得するのなら、いいでしょう」


 ガートルード様は王族なので、私の決闘の許可を私に代わって出すことが可能なのです。

 私の権利はどこ?


 というかガートルード様には来年のカリキュラムを組むタイミングまでもう用事がないので、第三者視点からすると友人に見えるらしい今の状態を解消できるならば、ギュンター様にいくらでもこの立場をゆずりたいのが本音なのです。


 そこに『決闘』なんていう、面倒くさくて、ケガをしそうなイベントを挟める必要がないほどに全面降伏を私は考えていたのでした。

 だというのにこの王族。


「決闘は一週間後の夜におこなうとする。授業が終わったら、寮を抜け出して広場まで来い。武器と防具は……そうだな、僕が用意してやる。お前では無理だろうからな」


 いいよそんなところでフェアにやらなくて。


 武器も防具も持っていない私は、準備できなかったという理由で不戦敗もできたはずなのでした。それを無駄な騎士道精神でふいにしてくるギュンターなのでした。


 かくして私は人生で初めての決闘をすることになりました。


 どうして平穏な生活を送らせてはくれないのか……私は過酷な運命を押しつけてくるばかりのこの世界に絶望し、ミルクをおかわりしました。

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