13話 妹・後編
「……そう。なら、わたしがあずかったほうがいいかも」
シナツ様がそうおっしゃってくださったので、私は「是非よろしくお願いします」と申し上げました。
おじさんロールプレイをしなければならない立場ではありましたが、さすがに孫娘の岐路なので、おじさんであろうとも年下の女性に頭を下げて丁寧にお願いするだろうという判断です。
「……へんなの。グレンがわたしにお願いしてる」
しかしシナツ様はおどろいたような顔をなさいました。
ちょっと失敗だったかもしれません。けれど是非お願いしたいというのは偽らざる私の本心なのでした。
少しぐらいおじさんではないとバレそうになっても、お願い申し上げたかったのです。
「……それにしても。あらためて、へんなの。グレン、孫がいたんだ。グレンに奥さんがいるのは知ってたけど、子供がいたのは、知らなかったな。わたしと同じぐらいの娘がいたから、わたしに優しかったの?」
祖父は家族構成をかたくなに秘密にし、家族の所在さえ仲間に明かすことはなかったようでした。
どうやら昔の男は家の外でプライベートなことをしゃべるのはマナー違反だと思っていたようなのです。
その変なマナー意識のせいで我が家は貧乏で、妹は満足な治療も受けられませんでした。
最近おこなわれた全国民転生適性検査(健康診断として認識されているようですが、実際は転生適性の検査でした)によって私が見つかるまで、『影の英雄の血縁』は陛下にさえ発見されていなかったのです。
私自身も『影の英雄グレン』は知っていたし、祖母がその人を夫だと言っているのを知ってはいましたが、『名前はグレンだろうけど影の英雄その人ではないだろう』と思っていたぐらいでした。
もっと早い援助を受けられればパパは出稼ぎに出ることもなく、妹は早期段階から元気で、私は二人の働きを頼りにだらだらした人生を過ごせたかもしれないのに……
そう思うとやきもきするというか、もう変えようのない過去の話ですが、『どうして』という思いを禁じ得ません。
「……メアリーちゃんは、わたしが、診るよ。来年になったら、学園に入学……できる程度には、健康に、してみせる」
ずっとシナツ様のところで見てもらってもいい気がするのですが、『世界一の魔女になるよ』という妹の発言まで報告してしまったため、『世界一の魔女なら魔導学部に通って魔導を継承する者に選ばれるべき』となってしまったのです。
そもそも妹には意識が高いところがありますから、健康であれば、本人の意思でいつか学園入学を目指したような気もするので、これは避け得ぬ運命ということではあったのでしょう。
妹は私と似ても似つかない性格で、向上心が非常に強く、彼女を苦しめている病気に対しても、『努力をすればどうにかなる』と思っているフシがありました。
そんな彼女が『英雄の後継者を決める学園』に通うのは、必然のように思われたのです。
「……わたしが、責任をもって、診る。でも……本人の意思にゆだねてほしいとは言ったけど、命を落とす可能性がある選択をさせて、よかったの?」
それ、今言う?
シナツ様はちょいちょい話運びがヘタクソというか、『意味ある?』みたいなところで口ごもったり、『今さら?』みたいなところで意思の確認を挟んできたりします。
恩人なので喜んで会話をさせていただきますが、ちょっとストレスです。
私は用意していなかったおじさん発言を用意するために数秒ほど口ごもってから言います。
「自分で決めたことだ。本人が命懸けでやりてぇなら、止める言葉はねぇよ」
私が愛しているのは、妹の外側ではないのでした。
あの、か弱い体でびっくりするぐらいの意思の強さを見せる、内側までふくめて、愛しているのです。
それをゆがめることは私にはできません。
妹の意思で彼女がその命を懸けるのであれば、その選択まで愛するのが、姉としての意思なのでした。
「……そう、だったね。グレンは、そうだった」
はからずもグレン発言として正解だったようで、私は安堵の息をもらしそうになりました。
というか祖父とシナツ様とは二十年前に死に別れているはずです。
二十年前に死んだ人の言いそうなこととか、そんな鮮明に思い描けるはずもないので、私がおじさん口調で述べたことはだいたい『グレンっぽい』と肯定してくれる気配も感じます。
私はシナツ様のことがどんどん好きになっていきました。
話運びのヘタクソさを差し引いても、今回の会話で、彼女への好感度はプラス方面の上昇を続けています。
私は私が私であるというだけで肯定してくれる人のことが好きなのです。
「……じゃあ、アルスルとか、エリザとかとも、話を詰めないと、いけないから。……グレン、ね、グレン、また話そうね。また遊んでね」
最後に少女のようにほほえんで、シナツ様は去って行きます。
取り残された私のもとにほどなく女騎士さんがおとずれて、神妙な顔で経過をたずねてきました。
私はおじさんなので無言でやりすごすべきかなと思ったのですが、さすがに私の中身がおじさんではないので、ここまでお膳立てしてくれた(連絡役だけかもしれませんが)女騎士さんに
あとさっき撮った妹の画像を送りました。
「……グレン様のご家族は、なんというか、みなさん、見た目がお美しいですね」
私はニヤリと笑って歩き出します。
おじさんは大事なことほど語らないのです。
それで家族とモメることがあるぐらい、本当に、大事なことほど、語らないのでした。
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