10話 入学式

 気候はどんどん暖かくなり、学園にある庭園には薄桃色の花がたくさん咲き誇っています。


 その美しさに目を奪われる人々の横を通ってまっすぐに目指す場所は講堂で、私たちの入学式はそこで行われるらしいのでした。


 毎年だいたい全校生徒千人になるこの学園の、その千人が一堂に会するのです。

 人のいない過疎地出身の私は、街で見た人混みを思い出し、『千人が集まった講堂』の様子を想像して、早くも幻想の中の人混みに酔いかけていました。


 しかし女騎士さんからは『くれぐれも普通の学生として生活を』と釘を刺されてしまったので、入学式に出席しないわけにもいきません。


 朝日が目にしみる中、私の隣でガートルード様が嬉しそうにはしゃいでいます。


「わたくしね、入学生代表のあいさつをするのよ。あなたは腕章三つだけれど、そういう話はもらわなかったの? ということは、わたくしの方が優秀みたいね」


 ガートルード様は私に勝っているのがとても嬉しいようでした。


 上か、下か。

 そういった価値観でしか喜びを見いだせないのはとても悲しいことだと思います。

 私などはそんな細かいポジション争いにまったく関心を示せないほうなので、逆にガートルード様が無邪気にはしゃぐのを見て、うらやましいような、そんな気持ちさえ抱いてしまいました。


 そもそも都会育ちで王族の時点で私が勝てるところなどどこにもないのに、彼女はそうまでして私を負かしたいのかと思うと、悲しい気持ちにもなります。


 ただ、寮の部屋にある服の数は私のほうが上です。


 優秀さ、都会育ち、出自……そういうものを誇るのもいいのですが、女の子なのだからやはり服の数で競うべきなのではないかな? と思います。

 まあ言いませんよ。言いませんけどね。


 あと私のほうが髪が長いので、色々な髪型を試すのには、都合がいいでしょう。

 困りました。出自、育ち、優秀さ……そういったものでガートルード様は私よりたしかに上なのでしょう。それは認めるところです。

 けれど、オシャレ方面は私の圧勝なのでした。


 私は優越感により優しくなり、そういえば彼女ら同級生より本当は一歳上だったことも思い出し、はしゃぐガートルード様に「あいさつがんばってください。しっかりと拝見しておりますよ」と申し上げました。


 ガートルード様は嬉しそうにうなずいて、そうこうしているあいだに私たちは講堂へとたどりついたのです。


 天井の高い広い建物の中にはたくさんの生徒と教師が集まっていました。

 すべての学部の生徒と教師です。その数は圧巻の一言で、こんな場所になにが楽しくて行儀良く集まっているのかわからず、恐怖さえ覚えます。


 もちろん学校行事なので集まっているのでしょうけれど、似たような制服を身にまとった千人が行儀よく整列している光景は、見ていてクラリとするというか、吐き気がするというか、なんかだめでした。

 私はどうやら『秩序だった集団』が嫌いらしいです。


「あなた、気分が悪いんじゃなくって? 顔色が制服の色みたいになってきているわ」


 ガートルード様が「マリー! マリー!」と誰かを呼んでいます。

 私の記憶が正しければそれは、後ろから耳打ち人のはずでした。二人は仲がいいようです。あるいはただのビジネスの関係なのかもしれませんが、表面上は仲よさげに見えます。


「マリー、アンったら、急に顔色が悪くなったのよ。どうしたのかしら。朝ご飯の食べ過ぎかしら」


 さりげなく人を食いしん坊キャラにしようとしないでほしいものです。


 ただ私も私で『すいません、行儀良く整列した集団が気持ち悪くて』とか発言するわけにいかないことぐらいは理解していました。

 その発言はした瞬間かなりひかれる・・・・ものと、私の中の客観性を司る部分が判断したのです。


「が、ガートルード様、私のことは気にせず、お役目を果たしてください。私は、ここで見ておりますから」


 後ろから耳打ち人に背中をさすられながら、なんとかそれだけ絞り出しました。


 ガートルード様は使命感を覚えたように真剣な顔でうなずき、整然とした列の中に吸いこまれていきました。


 私はといえば後ろから耳打ち人が先生を呼んでくれたので、列の一番後ろ、壁に背をあずけながらガートルード様の勇姿を見守ることとなりました。


 講堂は広く、後ろのほうには最上級生である六年生(現在十五歳の人たち)がいたので、背の高いその人たちにはばまれて、ガートルード様の勇姿は全然見えませんでした。


 もちろん式典が終わったあと、私はガートルード様の勇姿をたたえました。

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