9話 ルームメイト登場
「あなた、わたくしと同じで『腕章三つ』だそうね」
寮の食堂で朝ご飯を食べていたら、よくわからない女の子にからまれたので、私は物憂げに目を伏せて悲しげなため息をつきました。
田舎の大人ならこれで騙せたのですが、都会の同年代はそうもいかなかったようです。
真っ赤な髪の女の子は私の正面に座ると、自分の左腕あたりの布をグイッと引っ張って、私に示すような姿勢をとりました。
「ほら、わたくしも、お姉様以来三年ぶりとなる『腕章三つ』なのよ」
私は腕章の数よりもベーコンの数が気になるお年頃なので、彼女のモーニングプレートに乗ったベーコンの数を見て、少しだけ不機嫌になりました。
彼女の朝食はあからさまに私より豪華で、ベーコンは一枚多いし、卵は黄身が心なしか大きいし、パンも焼きたてなのかぷっくりとしてテラテラとしていい香りがします。
私が田舎者だから、なめられたのでしょうか。
しかし周囲の子を見れば、みな私と同じようなプレート状態で、私のかわいさと私の田舎さを合わせてプラスマイナスゼロだというふうに考えれば、やっぱり私はちょっとだけ冷遇されているのかも、と思いました。
「ちょっと、なにか言いなさいよ!」
ベーコンが私より一枚多い彼女がきゃんきゃんと吠えるので、私は悲しくなりました。
私は田舎の外れの山奥で育ったものですから、食事の用意の大変さをよく知っています。毎日安定して食べられることがいかにすばらしいかを、よく知っているのです。
だからこそ食事は感謝して、
だというのに目の前に座った赤毛の女は食事もせずに吠えるばかり。
私は静かに食事ができない人が嫌いです。いえ、食事中のおしゃべりは私も嫌いではないのですが、私がしゃべりたい気分でない時に一方的に話しかけられるのがめちゃくちゃ嫌いなのでした。
今の私は本当は女の子だけれど中身おじさんのフリをしつつ学園生活のために女の子に擬態しているというわけのわからない状態なので、一言しゃべるのもキャラ性に気をつかいます。
できれば食事の時間ぐらいは頭を悩ませずに過ごしたいなあと願って赤毛の女を見るのですが、彼女は今なお吠えていて、もくもく食べ続けている私のプレートにはまだ食べるものが残っているから、退出はできそうもないのでした。
私は仕方がないのでベーコンをかじりながら赤毛の女を見つめました。
だいたい『なにか言いなさい』と言われても困るのです。
なにか言わせたいなら話題を振ってほしいところなのですが、『あなたも腕章三つみたいね』と言われただけでは『見てわからない?』と言うしかないのです。
それがなんだ、という話なのです。腕章三つという事実は見ればわかるんだから、そこからどう話題展開をさせたいのか、という話なのです。
そうして私が困っていると、後ろから肩を叩かれて、耳打ちされました。
「ガートルード様は、あなたとお友達になりたいとおっしゃっています」
誰?
まずガートルードが誰かわからないし、なんでそのガートルードとやらの内心を後ろから近づいてきた子が耳打ちしてくるのかがわかりません。
困りました。都会の文化でしょうか?
私の中の田舎が透けつつあることに、私は恐怖しました。
『
私は出自とかの自分ではどうしようもないものを理由に見下されるのが存外嫌いなものですから、都会の人ひしめくこの場所で、どうにか私の中の田舎がにじみ出ないようになるべく黙って過ごしたいのです。
しかしこうして話しかけられるのは予定外でした。
寮に来て、こうして食堂で食事をとるようになってからだいぶ経つのですが、今まで話しかけられるどころか対面に座られることさえなく、平穏な日々を過ごしていたのです。
私の平穏を乱すのは陛下によく似た赤い髪の女の子で、私はいつも陛下に日常をぶちこわされているような気持ちになってきました。
「あなたね! わたくしが、周囲になじめていないあなたと仲良くしてあげようとしているのに、無視はよくないわよ!」
周囲になじめていない、と言われて、私はハッとしました。
どうやらこの人たちは周囲になじみたいタイプなのです。
ところが私はなじみたくないタイプなのです。
しかし世間には『周囲になじみたいタイプ』がひしめいていて、彼らはありがたくないことに『なじみたくないタイプ』を見ると『かわいそうに。私が救ってあげよう』という迷惑な親切心を発揮して、仲間に引きずり込もうとしてきます。
私は精神がだいぶ成熟しているほうなので同世代とは話が全然合わず、そのコミュニティの中で生きるのは苦痛でしかないので、どんな場所でもなるべく自然に人と交わらないポジションを確立することに心を砕きます。
しかしそんな私の慎重な配慮を、『世界には周囲になじみたいタイプしかいない』とかたく信ずる彼ら彼女らは、お得意の親切心によってふいにするのです。死ねばいいのに。
こういうタイプに目をつけられ、それを断ると、周囲でも『なんかあいつ生意気だよな』という空気が醸成され、あっというまにイジメが始まります。
それまで無関係で超然とした立ち位置だったものが、なじみタイプの親切心によって一瞬で『なじめない弱者』と目されるのです。
私はこれから始まる壮絶なイジメに思いをはせました。
そういったイジメを解決するのにだいぶ容赦のない手段をとってきた経験があるものですが、それは田舎だから『新しいガキ大将誕生』ですむものだったのです。
都会でやったら犯罪行為にされてしまうかもしれません。
このへんの空気感の違いを私はまだ読み切っていないのでした。
仕方ない……へりくだるか。
私は私の安寧たる学園生活のために、偉そうななじみタイプの赤毛の女にへりくだることにしました。
本当はツバでもはきかけたい気持ちではありましたが、私は気弱で内気な少女をよそおって、彼女に言います。
「突然で、びっくりしてしまって」
「……そうね。たしかに突然だったわ。マリー、次から先触れをなさい」
私の後ろにまだいた耳元ささやき人が「はい、ガートルード様」と承諾しました。
「そういうわけで、わたくしは、ガートルード・エイヴァロンよ。あなたと同じ腕章三つ、三学部同時合格者なの。これからカリキュラムで一緒になることが多いと思うわ。よろしくね」
「はい。ご丁寧にどうもありがとうございます」
「あら、あなた、少々かたくってよ。いくらわたくしが王族でも、そんなにかしこまらなくっていいの。だってもうすぐ同じ学園で授業を受けることになるお友達だものね」
……王族なの!?
そういえばここはエイヴァロン国なのでした。
そしてよく見るまでもなく、ガートルード様の燃えるような深紅の
私は国王陛下の愛娘たるガートルード様じきじきにお声がけいただいた光栄にむせび泣くのをこらえて、そのお慈悲へ報いるためにサラダを献上しました。
野菜は家で食べ飽きているうえに、家の野菜のほうがおいしいまであったのです。
「ちょっとあなた、なんで黙々とサラダをわたくしのプレートに乗せるの!?」
「献上品でございます」
「自分が食べたくないだけでしょう!?」
私はこれ以上ガートルード王女殿下のお目汚しにならぬよう、サラダをさっさと献上してしまうと、残ったものを綺麗に食べて、最後にミルクを一気飲みして、一礼してからトレイを手にその場を去ることにしました。
「ちょっと、ちょっと!?」
礼を失した行為だったかもしれませんが、私には、さっさと席を辞するほうが、このまま会話を続けてボロを出すよりも、面倒ごとがないように思われたのでした。
というか王族相手にボロを出したら下手すると打ち首なのでした。
サラダを献上したのは余計だったでしょうか。
でもあの野菜ほんとおいしくないんだもん。
できれば今後は二度と会わないように……そう思って部屋に帰ってごろごろしていた私をしかし、悲運が襲います。
なんと、今まで不在だったルームメイトは、ガートルード様だったのです。
「あなたったら、ごあさつの途中で帰ってしまうんですもの。サラダでお腹いっぱいよ」
なんかアルスル陛下の差し金っぽさを感じるルームメイト選定です。
よし、じゃあ聖剣を担うのはあなたでいいや。
私は『転生した影の英雄』としての仕事を早速終えて、満足しました。
本格的な授業はこれからです。
あとは『奇跡』の担い手と、『魔導』の担い手をふんわり選ばなければなりません。
誰かてきとうな人がいるといいのですが、こればかりは、運でしょう。
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