2話 影の英雄グレン

 私は必死に祖父グレンのことを思い出しました。


 それは数々の伝説と、そして影の英雄の妻であった私の祖母から聞かされた身内視点の話でした。


 影の英雄グレンは、三英雄と呼ばれるアルスル陛下、シナツ様、エリザベート様より二十歳ほど年上だったそうです。

『人類の脅威』を倒す旅に出る前には『冒険者』という、今で言う住所不定フリーターみたいな職業に就いていたそうでした。


 生きていれば五十五歳になる祖父は、生前、数々の伝説を打ち立てた『斥候レンジャー』でした。


 三英雄に旅や戦いの基礎を教え込んだ他に、その高い索敵技術でいち早く『人類の脅威』の陰謀を暴いたり、最後の戦いとなった『人類の脅威』戦では、まだ幼かったシナツ様をかばって傷を受け、死んでしまったそうなのです。


 祖母から聞く祖父は、無口でぶっきらぼうなおじさんでした。


 母が十二歳のころ、祖父は『人類の脅威』討伐の旅に出たそうです。


 だからそれまでの話ということになりますが、祖父は収入も安定せず、そのくせ煙管たばこをよく吸い、脱いだものは脱ぎ散らかしっぱなし、食べたものは片付けもしないという、すごくよく聞く『昔の男』だったそうです。


 まあ死んでしまった人の生活態度とかはどうでもいいのです。


 大事なのは、祖父が無口でぶっきらぼう……言葉少なく、しゃべったとしても『これだけでわからないならこれ以上は説明しない』というようなキャラクターだったことです。


 だって、これから祖父のフリをするのに、おしゃべりだったら、ボロが出やすくて困ります。


 私はアルスル陛下やシナツ様、エリザベート聖下に期待に満ちたまなざしで見つめられ、『実は転生してなくって、私は私のままです』とは言えないでいました。


 莫大な予算と時間をつぎ込んでいるから失敗したらどうしようかと思ったよ、なんて言われて、正直に『あなたたちは失敗しました』と言えるほど、私の心は強くありません。


 そうなのでした。この心の弱さに私は長いこと悩まされ続けています。


 頼まれると断れず、ついつい期待されたようにふるまおうとしてしまいます。

 なんていうか、逆らうのが面倒なのです。


 私は面倒なのが嫌いでした。

 十歳というと世間は『人生これから』みたいに言いますけど、私は死ねるなら苦しまず家族に納得してもらって変な手間を遺さない感じでさっさと死にたいと思っています。


 痛いのも苦しいのも死後にあれこれ言われるのも想像しただけで面倒な気持ちになりますので、死地に向かったり自殺を試みたりはしません(そもそも私は人生に絶望しているのではなく、生きていくのがただ面倒なだけなのです)。


 だからこそ、今回の『祖父の魂を体に降ろす』というのはいい話だなと思ったのです。


 祖父が私の体で活動をするなら、当然、私の魂は死にます。


 とても都合がよかったのでした。


『けなげにも世界のためのその身命をなげうった少女』ということで、家には少なくない保障金も入ったようで、病気の妹の治療もすでにしてもらっているのです。


 今さら『あ、やっぱ転生しませんでした』って戻れる?

 無理でしょ。


 私は『ぶっきらぼうで無口な昔の男』をいっしょうけんめい想像しました。


 そして言いました。


「……おう。手間ぁかけさせたみてぇだな。俺、グレンは今、現世に舞い戻りやがったぜ」


 ニヒルに笑いました。

 もともと無表情気味(表情を変えるのも面倒くさい)な私の頬は、ピクピクと引きつりました。

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