3話 二十年ぶり? の我が家(※そんなには経ってない)
「ただし、記憶がうまく戻ってねぇ。どうにも孫娘の記憶と混ざってるみてぇだ。だから、言動とかおかしいかもしれないが、記憶の混濁のせいなので、くれぐれも細かい突っ込みはしないでほしいし、俺らしくないことを言ったら、その都度教えてほしい」
ということで、いったん、家に帰してもらうことになりました。
うちはおばあちゃんがまだ健在なので、おばあちゃんから祖父の話を聞いたり、お母さんから祖父の話を聞いたりしたいのです。
あと、病気の治療に入った妹の様子も気になります。
王都で治療を受けているはずなので家にはいないのですが、経過ぐらいは聞けるでしょう。
そういうわけで家に帰りました。
私の祖父は英雄です。
三英雄のみなさんがそれぞれ権威ある立場に就いていらっしゃることを思えば、彼らを導いた私の祖父も、さぞや権威があり、豪華なお屋敷を遺したのではないかと邪推される方もいらっしゃるかもしれませんが、率直に言って死んでほしいです。
私の家は貧乏です。
王都から遠く離れたとある村の、さらに外れの山奥に私の家はあります。
これは影の英雄グレンが『人類の脅威』討伐で得た資産のすべてを戦災孤児などに寄付したからだと言われています。
しかし実際は、祖父が勝手に『人類の脅威討伐』なんていう絶対死ぬアレに旅立つことを決めたせいでぶちギレた祖母が、『二度と帰ってくるな』と啖呵を切り、祖父からの仕送りなども絶対に受け取らなかったあたりに、我が家の貧乏の原因はありそうでした。
そんなわけで祖母と祖父の仲は、伝え聞くだに最悪です。
いちおう、祖父が乗り移っていることになってる私が家に帰って、すぐさまたたき出されないか、それが心配でした。
まさか人目のあるところで影の英雄グレンのマネをやめるわけにもいきません。
どうにかして祖母と二人きりになって、おばあちゃんにだけは真実を打ち明けよう……そう思っていたのです。だから、二人きりになるまでが、頭の働かせどころでした。
私はといえば頭も体も働かせるのは大嫌いです。
日々を惰性で生きていきたいのです。
ところが我が家は貧乏で、妹は病気で、私はどうにかこうにかお金を得て家に納めなければいけない立場におり、そんな面倒な人生はさっさとやめて死にたいなあというのが、今回、私が祖父の魂を体に降ろそうとした主な理由なのでした。
山奥の、さらに山奥にある懐かしき
私は懐かしさに胸がいっぱいになったような顔をしました。
実際に懐かしく感じられたのですが、祖父グレンの生前から変わっていないらしいあばら屋を見たら、きっと祖父もまた懐かしそうな顔をするだろうなあと思ってのことでした。
私のそばには護衛という名目で監視役がいるので、ここまでの道中、ボロを出せなくて息苦しかったのもあり、私の演技力はそうした実戦的道中で磨かれていったのです。
私はアルスル陛下がつけやがった護衛の騎士様二人に「少しばかり待っててくれ」と昔の男っぽく言って、それから家に向けて祖母の名前を呼びかけます。
「モニカ~!」
まずは祖母がけげんな顔をしてこちらを見てから、私の姿をみとめて嬉しそうにしました。
が、それも一瞬で、私の体に祖父が乗り移っていることを察したのでしょう(家族には事情を話してあります)、これまで一度だって見たことがないような、イヤそうな顔になりました。
私はおばあちゃんっ子なので悲しい気持ちになりましたが、今は悲しさよりも危機感が上回ります。
なにせ、おばあちゃんから祖父についての情報を聞けないと、この先、私に本当は祖父が乗り移っていないことがバレる可能性が高まるからです。
また、家族ぐらいには協力してほしいという気持ちもありました。
私は祖母と母に向けて必死のアイコンタクトをしました。
声を出して事情を説明することは、まだできません。
待たせたとはいえ、監視の連中はまだ私の背後、声など余裕で聞こえる場所にいるのです。
もっと気をきかせてどこか、たとえば近くの街とかまで行ってくれたらいいのに……
私は職務に忠実な二人と、『職務』というものへのイラだちを禁じ得ませんでした。
私は今、家の手伝いやら、二十年前にはなかったという『義務教育』やらで、そこまで本格的な仕事はしていませんけれど、そのうち、否応なく就職せねばならないのです。
私はただ生きていくのでさえ面倒に感じるほうですから、職になど就いたらおそらく死ぬほどの面倒さを毎日抱えて生きていくことになるでしょう。
その未来はいかにも暗く、そこで生きている自分の姿がまったく想像できず、『この世界から職業という概念が消えればいいのに』と思ったことは、一度や二度ではないのです。
私が『影の英雄』を降ろしているフリをしたい理由の一つもそこにあります。
このままだと私はただの女の子なりに成長して、ただの女の子なりに就職せねばなりません。
しかし、影の英雄という立場であれば、ひょっとしたら就職しなくてもいいのではないかという、根拠のない希望がありました。
陛下も主席魔女様も最大神官様も、祖父にはずいぶん恩を感じている様子でした。
うまく祖父を演じれば彼らからの援助を期待できるのではないかと、そういう打算も、今思いついたのです。
そのためには祖父の情報が不可欠です。
私は祈りをこめて祖母と母を見ました。
なんにも説明できないけど、親子の絆みたいな都合のいいアレで、私の事情を完璧に汲んでくれることを期待したいのです。
もしもここで私の事情を祖母と母が汲んでくれず、門前払いでもされた日には、私は深く絶望し、この世界の滅びを願ったことでしょう。
しかしそうはなりませんでした。
祖母はしばし妙な顔をしてからハッとした様子になり、母とアイコンタクトしました。
母はのんびりしたところのある、三十代半ばにしては幼い容姿の持ち主でしたが、これもなにか伝わったようで、うなずき、私を真剣なまなざしで見ました。
私は血の絆を感じました。
親子三代、銀色の髪、青みがかった銀の瞳、平均より小柄な体格というどう見ても血縁を感じる特徴をもった私たちの心は、今、一つになったのです。
この世界にはまだ希望がありました。私の就職はこうしてまた一歩遠のき、そのことが嬉しくて、私は涙をこぼしそうにさえなりました。
「……アンタかい。とりあえず入りなよ」
祖母が私には見せたことのないような不機嫌そうな態度で、けれど家の中に招いてくれて、私は『おばあちゃん!』と声をあげながら彼女に抱きつきたい気持ちになりました。
けれど我慢しました。
私は知っていたのです。
昔の男は、家の外で女の人に抱きついたりしない。
そういうのが『硬派』で格好いいという昔の価値観を、私は義務教育の中で学んでいたのでした。
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