4話 影の英雄として生きていく

「……というわけで、転生は失敗したんだけど、転生してることにしたのでした。ほら、その、陛下とかガッカリさせるのかわいそうで」


 我が家に帰った私は、可能な限り声をひそめて、祖母と母に事情を説明しました。


 熱を入れて語ります。

 仕方のないことだったのです。思いやりからの嘘だったのです。

 期待に顔を輝かせる陛下、魔女様、聖下せいかのお姿を見ていると、どうにも彼らの表情をかげらせるのが忍びなく、私のはかない精神は、三英雄の方々の心痛を想像するだけで、千々に乱れてしまいそうでした。


 だから嘘をつきました。


 これは美しい嘘なのです。

 罪悪感がないわけがありません。けれど、私一人が心痛を抱えることでお三方の希望がつながれるのであれば、それはきっとすばらしいことなのだという確信がありました。


「嘘だね。あんたは面倒になって転生成功したことにしたんだろ?」


「はい」


 私は物憂げな表情を浮かべるのをやめて、うなずきました。


 やはり家族です。私の嘘が通じません。


 私は目を伏せて悲しげに嘘を語るとだいたい信じてもらえるのですが、母と祖母を騙すには、まだまだ経験が足りないようでした。


「アン」


「なんでしょう、おばあちゃん」


「……いいかいアン、あたしも、あんたの母さんもね、若いころは『口を開かなきゃ美少女』ってことで通ってた。あたしは口を開くと『思ったより気が強いね』と言われ、娘は口を開くと『お、毒吐くね!?』とおどろかれ、お前は『残念』と言われる」


 孫娘を残念呼ばわりはどうなのかと思いましたが、反論は面倒なので悲しげに目を伏せておきました。

 勝手に私の反論したい気持ちを汲み取ってもらえたら嬉しい限りです。


「そういうところだよ」


「私の気持ちを汲み取ったうえで突っ込むのはやめてください」


「……いいかい、アン。あんたは目の前の面倒ごとを避けただけのつもりだろうが、その判断は結果的に正しかった」


「思っていた通りです。私は正しい判断をしたつもりでした」


「そういうところだよ」


「続きをどうぞ」


「グレンに口説かれてたころ、あたしがどんな仕事をしていたか、覚えているかい?」


「おばあちゃんの『グレンに口説かれた話』はもう数万回聞いてる気がするので、もちろんです。なにかこう……斡旋あっせん、してたんでしょう?」


「ギルドの受付嬢だ。今で言う、フリーターに仕事を斡旋する役割さ。……その当時に鍛えたあたしの目が、あんたの異変を察知した」


「ああ、『パーク』? なんでしたっけ、えっと、当時の呼び名は……」


「『スキル』さ。あたしの『人物鑑定スキルLv.EX』が、あんたにかけられたとてつもない加護をとらえた」


 おばあちゃんは人間鑑定のベテランなのでした。


 まあ、その特技も今や魔道具に役割を奪われていて、一銭にもなりません。

 たまに好事家が『超一流EX』の鑑定をされにこんな山奥まで来ることもありますが、たいていはそこまで極めていない、道具で代用できるレベルの鑑定でどうにかなるので、定まった収入にはなりえないのでした。


「おそらく転生の術式は成功してたと思う。だから三英雄たちも、成功前提みたいな口ぶりであんたに話しかけたんだと思うよ」


「しかし私は中身も外見もかわいい女の子のままなんですが……」


「……ううむ。見てみたところ、グレンの持ってたスキルがまるまるあんたに移ってる。あと、『神の加護Lv.EX』っていうのも見えるね」


「それはパッシブですか? アクティブですか?」


「パッシブだね」


「パッシブ!」


 私は喜びました。


 私はパッシブとアクティブだと、パッシブが好きです。

 なにせ能動的になにかをしなくても勝手に働いてくれるのです。私は、私のために勝手に働いてくれるすべてが大好きでした。


「あんたの能力は、間違いなく『影の英雄グレン』のもんだ。ただ、人格と記憶だけが入ってない。……いや、記憶ぐらいは混入してるかもしれないが、それも今は思い出さないだろう」


「それも鑑定眼でわかるんですか?」


「いいや。経験からくるあたしのカンさ」


 おばあちゃんは経験からくるカンをわりと信望しているほうでした。

 私はそういうの、怪しいと思っています。


「とにかく、グレン相当の力で、グレンじゃないとわかったら、どうなると思う?」


「おばあちゃん、私は頭を使うのが嫌いです。面倒くさいので」


「……影の英雄どころじゃない。次代の三英雄にされちまうかもしれないんだよ」


「するとどうなります?」


「ちっとは自分で考えなよ!?」


「答えを知っている人がいるのに自分で考える!? どうしてそんな無駄手間を!?」


「はぁ……。とにかくね、三英雄はだめだ。三英雄を継ぐのだけはおよし。考えてもみなよ。前の戦いじゃあ、なぜかグレンだけが死んじまったが、本来、三英雄こそが一番『人類の脅威』に接するし、危険なんだ。長生きしたいなら、テキトーに三英雄の後ろで腕組んでうなずく立場が一番さ」


 私は三英雄になる人たちの後ろで、テキトーに腕を組んでうなずいているだけの自分を想像しました。

 それは理想の将来の姿でした。私はなにもしないでも、三英雄ががんばると、私ががんばっている感じに世間には映るのです。


「おばあちゃん、私は……亡きおじいちゃんの力と遺志を受け継ぎます。世界のため、そして次代の三英雄のために、彼らの導き手となることを、ここに誓います」


「うんうん、公式の場ではそういう受け答えをするんだよ。……ああ、いや、すでにグレンが乗り移ってることになってるんだったね。今のをグレン風に言うんだよ」


「その『グレン風』を知りたくて、家に戻ったのです」


「よしきた。じゃあちょっとグレンなりきり講座でもやろうかね。あんたに『昔の男』を教えてやるよ」


 おばあちゃんは祖父とケンカ別れをしているし、普段は文句ばっかりです。

 でも、祖父のことを話すおばあちゃんは楽しそうだし、今もまた楽しげでした。


 きっと大好きだったのだと思うし、今も大好きなのでしょう。

 人を好きになる……そんな面倒くさいことをやって、結婚し、孫までいるおばあちゃんを私は尊敬します。尊敬というのは必ずしも『将来こうなりたい』という意味ではありません。


 お母さんはのほほんとした笑顔を浮かべて私とおばあちゃんの話を聞いていました。


 ふと気になります。


 おばあちゃんは私が祖父のふりをするのに賛成っぽいですが、お母さんはどうなのだろうか、と。


 私はじっとお母さんに視線を向けました。

 言葉に出してたずねるのは面倒くさく、意図を察してくれなかったら別にいいや、ぐらいの気持ちでした。


 お母さんは私の意図を察したのか、口を開きました。


「アン、お母さんはね」


「はい」


「人類存亡の危機とか、国家存続の危機とか、お偉いさんの立場とか、そういうクソほど私たちの生活に関係ない話題が、心底どうでもいいのよ。だから、あなたの好きになさい」


 お母さんはのほほんと笑っていました。


 私たちの今日の夕食は、家で育てた野菜と川でとれた魚で……

 たしかに人類存亡の危機も国家存続の危機も、私たちの食卓には全然関係ないのでした。

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