27話 現実と夢と

 先日終わった聖剣祭を振り返れば、それはハプニングがありつつもおおむね順当な結末になったと感じられます。


 まず競技総合点についてはビースタニア獣人諸王共和国出身生徒が多い三組が優勝しました。


 モンスター脱走のトラブルは生徒の活躍ではなく、その場に居合わせた陛下の近衛騎士団により平定されました。


 そして私たちがもっとも強く関心をそそいでいた剣舞の最優秀は、去年から『次回こそ最優秀』と言われていた、六年生男女ペアがとったのでした。


 最優秀以下でもいくらか賞があり、その中には学年別優秀賞みたいなものもあったのですが、普通に、というか、順当に、というか、ガートルード様とよく知らない女の子のペアが、一年生優秀賞をとっていったのでした。


 私とハンナさんは選外で、これには落胆をしましたし、選外が決定した直後は、『やっぱり王族はひいきされてるんだ』などと思いもしました。


 しかし、のちほど、多少は冷静になったころにその時の映像をながめて見れば、たしかに私たちの剣舞は二人で盛り上がっていただけで、ガートルード様ペアの剣舞ほど見ていて美しいものでもなく、やっぱり育ちの違いを思い知らされただけ、なのでした。


 つつがなく、聖剣祭は終了したのです。


 ぐうの音も出ないほど順当に、私たちが情熱をかたむけたお祭りは、終わったのでした。


「……なんかさ、しばらく経つと、『しょうがないか』っていう気持ちになるよな」


 昼時の学食は混み合っていて騒がしく、これだけ人が多いというのに、私たちの周囲は静かなものでした。

 観葉植物の飾られた、街を一望できる(そのせいでここに来るまで階段がきつい)テラス席は、王族や貴族などが使うものと、なんとなく決められているのでした。


 もちろん私もハンナさんも平民なのでこの場にはふさわしくありません。

 しかしガートルード様の友人である私と、その友人であるハンナさんは、これもまた『なんとなく許される感じ』で、その場にいるのが、常となっているのでした。


「ガートルード様はやっぱり、動きとか、綺麗だもんな」


 話がこのあいだ終了した聖剣祭に及んだので、ハンナさんは大して気負ったり、おべっかを使ったりする様子でもなく、そんなふうに感想を漏らしました。


 彼女は裏表がなく、思ったことを率直に述べるあまり、しばしば話していても本題から逸れるところがあります。

 このあいだ私の下着をいじったのも、本当は聖剣祭で私をペアに誘いに来たのに、輝かんばかりの私の下着に目をとられ、そちらが気になってしかたなくなり、ついつい話題が逸れてしまっただけのようでした。


 その素直で裏表のない人格がガートルード様に気に入られたようで、こうしてお話しする機会も増えており、このままハンナさんが私を差し置いてガートルード様のお気に入りになってくれたらいいのにな、と最近は願っているところです。


「ああ、くそ、ほんと、やられたよな。……でも、こんなに差を思い知らされてるのに、来年こそはきっとって、思っちまうんだ。やっぱり、あたしは、馬鹿なのかもしれない」


 ガートルード様はハンナさんのことを気に入っていらっしゃいますから、「がんばろうと思えるのは、すばらしいことよ」とはるか高みから強者の意見をくださいます。


 最近はそんなやりとりを見てギュンター様が『この平民……』みたいな目をなさいますので、ハンナさんとギュンター様の決闘が執り行われる日も遠くはなく、その結果、なんやかんや仲良くなるのではないかと私は想像しております。


「なあ、アン、来年こそ最優秀をとろう。これから一年がんばって、いい剣舞を仕上げよう」


 当たり前のように誘われて、私もまた、当たり前のようにうなずきました。


 するとガートルード様が「わたくしこそ、来年は学年最優秀ではなく、学園最優秀をとるつもりです」と強者ムーブをして、側近のマリーさんがほほえましい顔をなさいます。


 そうしてハンナさんとガートルード様で剣舞について熱い議論が始まったので、私は顔だけ会話に参加しているようにふるまいながら、別なことを考え始めました。


 手紙を、書こうと思うのです。


 パパに。


 正直なことを、手紙で報告しようと、思うのです。


 私がアンとしてふるまう言い訳は、妹の時のように、『パパの心痛に配慮した』とかでいいでしょう。


 考えてみれば簡単なのでした。

 ちょっと言い訳を挟むだけで、パパと普通にやりとりができるのです。


 それでも私がパパへの連絡を怠っていたのは、やっぱり面倒くさがりな性分ゆえに、手紙に書くほどの内容をひねり出せなかったというのが大きかったのです。


 でも、今は、書きたい内容が、次々浮かびます。


 いらないと思っていた目標を見つけました。

 必要ないと思っていた、友達ができました。


 夢はまだわかりません。一生涯を懸けて目指すほどのものは、まだ見つかっていないのです。

 けれど、今の私は、少しだけ、思います。


 私は、生きています。

 人生を妹のために捧げるはずだった私は、私の人生を生きています。


 きっとこれからも、人生はちょっとずつ楽しくなっていくし、そのうち面倒くささも薄れて、目立たなくなることでしょう。


 そうして学園生活は過ぎていきます。


 幸いにも『影の英雄』としての役割締め切りにはまだまだ猶予があるようなので、今しばらくは学園生活を楽しもうと思います。


 私はもう十一歳になり、今年度には十二歳になります。同学年は年下ばかりですが、背が低いせいか、みなから病弱で気弱な妹みたいな扱いばっかり受けるのが、今のところ、最大の不満です。

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ホントは転生してないんですけど!? 稲荷竜 @Ryu_Inari

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