第7話

「そろそろ立てますか? 外に行きましょう。ここじゃ、息が詰まります」


 彼女は、無言で立ち上がって彼の肩にしがみついてゆっくり歩き始めた。ゆっくりとそして二人で一緒に。逃避をしているわけではないが、流石にあんなことがあった後の教室にいづらい。


 無論、教室内での空気は最悪を極めていたが、誰も、彼女が怒った理由を理解しようとしなかった。簡単な理由だ。それでさえも、、だからだ。


 屋上にようやく上がった時に、一限目のチャイムがなった。今日はこのまま授業をサボるつもりでいた。彼も彼女も出席日数も、得点も足りている。足りすぎるくらいに足りている。二回のテストで全科目の進級条件を満たしていた。


「あーあ、結局、授業サボっちゃったね」


「ええ、まあ、いいんじゃないですか? 今日くらいは」


「そうね」


 彼女の目の周りは赤くなっていた。例え短時間といえ、泣きに泣いていたのだから、仕方ない。




「そういえば、君はどうして、いつもここにいるの?」


「あれ? 前にも聞きませんでしたっけ?」


「多分初めてだよ」


「そうですか……。単純に、ここが一番誰の邪魔も受けないからです。自由で気持ちのいい空間。束縛されてないという事実を実感できるところだからです」


「ふぅーん、なるほどね。いつも君は一人で、束縛されてないのに、自由を欲しがるんだ」


「束縛はされていますよ。でも、その束縛は案外悪いものじゃないと思ってますけど……」


「悪いものじゃない……ね。ねえ、君は、この関係がいつか終わると思ってるの?」


 彼女は泣き腫らした目をできる限り真剣な目にした。




「……、正直、わかっていません。あなたのことを守りたいと思っている自分がいることは確かなんですけど……。でも、同時にあなたを守る役目は自分じゃない気がするのです」


 彼は、今思っている彼の心の内を包み隠さず答えた。流石の彼でも、鈍感が過ぎるといえば、その通りであるが、それでも、どうして、こんな回りくどいやり方をしたのか、どうしてこんなに救われた気持ちになるのか、どうしてこんな気持ちになれるのかを理解していた。論理的にではなく、合理的にではなく、人としての感情を理解していた。ある種の感情欠落者である彼は、久しく忘れていた、人に愛され、人を愛する感情を理解しようとしていた。でも、彼は、そんな彼だからこそ、今の状態で、この、仮初めから、本物にしていいのだろうか? という疑念が生まれた。何も解決していない。むしろ、悪化したこの現状で、自分が幸せになっていいのだろうか? という疑問さへもあった。いや、この現状故ではなく、彼が抱えている状況故かもしれない。




「そ、じゃあ、今はこのままで許してあげる。でも、いつの日か答えなくてはならない日が来たら、その時は、はっきりと答えてもらいますからね!」


 彼は、彼女が見せるべき表情は、どんな時でも笑顔だとここで、また確認できた。


 彼は、深呼吸をして、あることを伝える覚悟を決めた。


「美涼さん、全てとは言わないですが、今、わかっている限りの事を解決しましょう」


   彼は、頭の中にある、推理ともいえない、ただの憶測を披露する決心がついた。


「ええ、聞いてみたいわ……!? なんて言った!? いま、なんて言った!?」


 真面目な顔をしていたはずの彼女は急に目を輝かせた。それを無視して、話し始めた。




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