第23話 変わる日常、歪む日常、その前に間奏

 ……私って、本当に馬鹿だ……

 彼女はとても言い表せることができない、強いて言えば、後悔に駆られていた。彼の気持ちが理解できないわけではない。でも、理解できても、それを受け入れるとはまた違う。彼女には元々受け入れる用意はあった。何かが起こるとは分かっていた。それが、一時的な不幸に近いものになることも覚悟していた。でも、彼のそのあまりにも考えなしの、あまりにも考えすぎた行為に、そして、自分たちの未来を考えた末の行為と分かりながら、その場の彼女の気持ちを含んでくれていないことに。いや、それも、的を射ていない。彼は彼女の気持ちを含んでいる。


 なんとも言い表しようもない後悔と苦痛が彼女を絶え間なく襲う。家に帰ってから何度も襲われた。でも、同時に怒りが自分自身に牙をむく。それが終わったかと思えば、涙がこぼれる。夏休み中、この繰り返しだった。化粧なんかで誤魔化して学校に登校する。何人かは彼と話さない彼女の行動に不信感を抱いたが、あの一件以降孤立化が進んだおかげで特に問題はなかったが、二週間も経てば怪しくは思われる。


 最初に気がついたのはまあ、当たり前とも言えるが宮上だった。だからこそ、彼女は宮上に何があったのかを話せる限りで打ち明けた。そして、それが自分の我儘だと言うことも伝えた。

「いいや、それは我儘じゃないよ。あいつが悪い。美涼ちゃん、絶対謝ったらだめだよ。あいつが、自分から謝らないと」

「でも、辛いよ……。彼と話したい。でも、今話したら罵詈雑言を浴びせそう……」

「じゃあ、罵詈雑言をぶつけようよ!」

「でも、彼は多分、全部受け入れる。彼はそういう人……。意味がないんじゃなくて、彼は全部自分の中に溜め込んで、そのままにする。気がつかない振りをして、でも、自分の中でそれは燻っている。それは確実に彼自身を蝕んでいて、彼を苦しめる。だから、私だけでも彼にとって、安心できる人でありたい……」


 おそらく、彼女ほど彼を理解している人はいないだろうし、彼以上に彼を理解している人はいないだろう。

「何それ……。どんだけ好きなんだよ!!」

 宮上は笑顔でいたずらをするが、内心羨ましいと言うより腹立たしい方が勝っていた。けど、その腹立たしさは彼女に向けてではなくもちろん彼に向けてだった。


 とは言うものの、夏休み中、一切話しかけられなかったし、彼も彼で話しかけなかった。彼にしてみれば、どう話しかければ良いか一切分からなかった。彼女が彼に話しかけなかったのも似たような理由ではあるが、やはりどうしてもどんな顔して逢えば良いか分からなかった。そして、何を言えば良いかすら……。彼女の中ではもう答えは決まっていた。いつまでも我儘をいえないのも。彼は間違いなくハルにいなくなる。例えこの関係がこのまま終わってしまったとしても、彼は全てを終わらせるために行動するのだと。だからこそ、彼の元にいなくてはならない、そう彼女は考えていた。


「そうだよ。私、彼のことが好きすぎるくらいに好き。だからこそ、終わらせたらいけない……。終わらせたら、彼、本当に独りになる。ただ、怒りのままに生きてしまうから。何もなくなってしまうから……。だから、私だけでも彼の生きがいになりたい……。重いかな……?」

 言葉にすればするほど彼女の目に涙が溜まっていく。彼女が彼のことを思えば思うほどそれは重く、辛く重なる。

「そんなこと言わせるあいつは本当に最悪だね! でも、羨ましい。美涼ちゃん。何も重たくないよ。それを伝えるのは、私じゃなくて、彼でしょ?」


 そう思い立ったら、彼女はすぐにでも彼に会うべきだと思った。だからこそ、彼が何処にいるかはすぐに予想はついたし、そこに向かうべきだと理解できた。

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