第17話
017
部屋では寝付けなかった。かといって、外に出るわけにもいかないので、試しに窓を開けようと、カーテンを開けると、月光が差し込んできた。部屋がほんの少し照らされる。警備室が反応しているかすらわからない。隠し持っているフォークはこれからも持ち歩くわけにはいかず、どこかに隠して置かなくてはならない。だからと言って、ベッドの下や、クローゼットの中など、子供が隠しそうなところではなく、もっと巧妙に隠さなくてはならない。間違いなく、彼がいない間に部屋の掃除が行われるので、それに備えなくてはならない。そこで、彼は、一か八か、フォークをシャンプーの中に入れた。シャンプーを毎日変える人は見たことがないし、入れ替える理由もない。口が大きいタイプで助かった。
窓の外に広がるのは果てしない平原で、逃げられないことを暗示しているように感じた。
パーティが終わって、シャワーを浴びて、布団に入ったのは2時を回った頃だった。
「明日は11時より始めますのでそれまでにこちらを着て、お待ちになってください」
富岡は、あいもかわらず、食えない相手だった。
彼は、無造作にそれを受け取って部屋の鍵を閉めた。内側からも閉められるタイプであったためにそこは、なんとかプライベートは保てて……ないか。監視カメラがある時点でプライベートもクソもない。彼は、念には念をと思って、しっかりとシャワールームを検閲した。隠しカメラの可能性を考慮してのことだ。しかし、見つからなかった。
……さて、明日から、意味もない見合いか。間違いなく、あの4人が、一日づつ、わけてか、一日2人づつか……。どっちにしても嫌だなー。帰りたいなー。無理だなー。
なんて、アホみたいなことを考えていると、急に、そして、無性に彼女の声を聞きたくなった。彼は、非常識とわかっていながら、彼女に電話をした。夜中の3時。眠っているに違いない。それでも、聞きたかった。彼は、心の底から、許してほしい、と、懇願した。
『もしもし!』
「もしもし?寝てた? ああ、寝てたか。ごめん、起こして」
彼は、もしもし、この一言で、胸の高鳴りを覚えた。
『寝れるわけないでしょ!バカじゃないの!』
「うお!3時なのに元気だね」
『それは……。心配で寝れなくて……。非常識だから、かけたくてもかけないようにしてたんだけど……やっぱりかけたくて……。でも、やっぱり……なんて考えていたら、君からかかってきて……』
「なんだ。同じこと考えていたんだ」
電話の向こうの彼女がどんな顔をしているのかは分かったものではないが、確実な沈黙がそこにあった。
『それで? どうだった?』
「うん。くだらないパーティに参加したよ。あんなのに付き合うくらいなら、美涼とデートしてる方が何十倍も有意義だよ」
『そんなの、当たり前に決まってるじゃん! 私を誰だと思ってるの?』
「当たり前なんだ」
『本当に大丈夫? なんか疲れたような声をしてるけど……』
彼女は優しく語りかけてきてくれた。
「うん。美涼に謝らないといけないことがあるんだ……」
『いやよ』
「いや……、何も言ってないんだが……」
『別れるなんて言っても、私が別れないからね!』
「なんでそうなる!?」
『違うの!?』
「違うよ!そんなこと言うわけないじゃん!むしろ、僕の方が言われそうで怖いのにさ!」
『私が!? 私が惚れたのに!? それじゃあ、まるで私がやり捨てる人みたいじゃん』
「そこまで言ってませんが……」
彼は、彼女がここまでおかしなことを言うのは眠いからだろうと勝手に考えた。
『じゃあ、何?』
「明日から、多分2日かけて、お見合いがある……」
ガタン! と、電話の向こうで大きな音が聞こえた。
「大丈夫!?」
『ごめんごめん、驚いて、椅子から転げ落ちた……』
「夜中の3時なのに元気だなー」
『うっさいわね。それで、それほんまなん?』
キャラがブレブレだ…。
「本当だよ」
『どっちが美人?』
「は?」
『いや、だから、私か、その4人、比べてどっちが美人?』
「そんなの、天変地異が起こっても君に決まってるじゃん」
『可愛いて言って』
「それは、顔を見て言いたい派だし、いやだ」
『けち』
「好きだよ」
また、声が帰ってこなかった。ちょっとしてから、
『早く帰ってきてね』
「もちろんだ。ああ、それと、一つ、お願いがあるんだ……」
彼は、声を潜めた。
彼は、彼女に頼みごとをすると、2、3言、言葉を交わして、電話を切った。ベッドに潜ると少しして眠りについた。
カーテンを閉めるのを忘れていた。おかげさまで、太陽が顔に遠慮なく光を与えた。瞼の上から、明るさがうるさく起きることを促す。
彼は、朝風呂をした。目を覚まして、頭を冷ました。与えられた服を着て、朝食を呼びに来た富岡とともに食事が用意された部屋に通された。
またも広い部屋だった。そして、またも、その真ん中に女が座っていた。扉の方を向いていた。真ん中に女、その左に男、その右に子供がいた。彼の案内された場所は女の対岸。距離として五メートルほどである。
「こうやって、朝を共にするのは久しぶりですね」
女は、昔を懐かしむように語りかけた。
「ええ、最後の方は、朝だろうがなんだろうが関係ありませんでしたもんね」
と、彼は、ちらりと男を見る。男は眉を潜めたが、堪えたようだった。
「口を開けばそうやって……。他に何か言うことはないのですか?」
「ないですね。僕と、あなたの間には何もなかった。それでいいじゃありませんか。何かある必要が? 僕は、一刻も早くここから帰りたいのです。逃げるのは簡単ですが、あなたは、力ずくでそれを止めるでしょう。干渉されずに生活するには、ここで、苦渋を舐めることでしか解決しない。いや、解決することはありません。それで、文句を言われる筋合いはなくなる。だから、僕は、やる気のないお見合いに参加するのです」
男は、見兼ねて口を挟んだ。
「鈴解くん、昨日も言ったけど、すこしは、親の気持ちを考えたら、どうだい?」
「同じことを返しましょうか? 阿呆は黙っててください」
彼は、遠慮なく喧嘩を売りに行った。男は彼を鬼の形相で睨みつけた。
「おお、怖い怖い。まるで、人を殺しそうな勢いだ。まあ、あなた如きに殺されるつもりはありませんが……」
彼の大喜利に拍車がかかる。しかし、彼は、差別にならないように頭を使いながら、相手をしっかりと見据えて大立ち回りを演じてみせる。子供に罪はない。あるのは目の前の2人だ、と言った具合に。
「絶対痛い目に合わしてやる」
彼が喧嘩を売っているのは国家と密に癒着している大企業のトップ。本来なら、勝てる見込みはないが、その企業の不祥事を事細かに知る唯一の生き証人。これくらいの立ち回りをしなくてはやっていけない。
「いやー、今日も金の味がしますねー。庶民のお腹には合いませんよ」
彼は、話題を変えた。変えた先でも皮肉を込める。
「どうやら、こんないいものを毎日食べるから、頭がわくんでしょうねー」
相手の頭の上にクエスチョンマークがついたのを彼は見落とさなかった。どうやら、この手の煽り用語を知らないようだった。
子供の方は箸を使ってメインをグサグサと刺している。そのおかげで子供の服にメインにかかっているソースやらなんやらが飛び跳ね、グチャグチャになっている。それを見かねた使用人が、子供相手に敬語で接しながら、後始末をつけている。彼は、それが不思議な光景に思えた。幼い頃の自分(二、三歳)の時にはこんな風にするのが当たり前だったんだろう、と。8歳の少年は楽しそうにしていた。
「いやー、こんなのを食べている人たちはさぞかしお金に満ちた生活をしてるんだろうな」
彼は、笑顔になりながら、朝食をゆっくりと頬張る。
「鈴解、さっきから、何を言ってるの?」
「ああ、ただの庶民の言語です。特に意味はありません」
意味しかない。皮肉とは相手に伝わらなくても良い。ただ、相手を馬鹿にできればそれで良い。
「美代様、愚かなものはどのようにあるべきかお考えはありますか?」
彼は、朝食の席では普通話題にならない話題を振った。
「そうですね、愚か者はその愚かさを実感させずに食いつぶすのが良い、それが統治をするものの心構えですよ」
「そうですか、なら、私の生き方は間違いではなさそうですね」
彼は、どうとでも取れる答え方をした。ある種の宣戦布告とも取れた。それに気づいたのはおそらく1人だけ。富岡に間違いない。
「美代様、そろそろお時間です」
「わかったわ。それじゃあ、私は仕事に行きます。鈴解、お見合い頑張って」
「ええ、全部ご破算にしますよ」
終始子供はキャピキャピとご飯で遊んでいただけだった。
朝を食べたのは8時だった。後の3時間をどのように消費するのかを考えていたが、これといって特になかった。スマホを取り出したが、昨日まで繋がっていたものが、朝になってみれば、圏外を指していた。
……おかしいな。ジャミングでもされてるのか? でも、まあ、予定通りだ。あとは、ランデブーポイントにどう行くか、か……
あまりにも長い時間、彼はスマホすら使えない空間で悶々と過ごした。現代人の悲しいところである。スマホが使えなくなった瞬間、何も出来なくなる。彼に残されたのは、スマホの中にある音楽と、あらかじめ持ってきていた哲学書に目を通すだけだった。
この状況にぴったりではないが、それでも、ある意味では、ここだけでなく、ほとんどの人に当てはまることなのだろう。彼らも、そして、彼自身もまた陳腐なのだから。
「鈴解様、お時間になりました。どうぞこちらへ」
部屋のバリエーションには困ることはない。と言うくらい多い。彼が、案内された部屋は絵画が多く飾られていた。
「無駄に豪華ですね」
「これは、豊樹様のご趣味です」
「悪趣味な……。絵画の良さを生かせていない。そして、環境も劣悪だ。誰が指示を?」
「ご想像の通りです」
「富岡さんも疲れますね」
「何故です?」
「無知なものに仕えることがです」
「私は、美代様に仕えております。あなた様のお世話をしているのは美代様のご指示です」
「分かっています」
「それでは、こちらでお待ちください」
部屋に急遽用意されたような机に座らされ、相手を待った。
……さて、誰からかな……
扉の向こうで元気はつらつな声が聞こえてきた。
……わんぱくお嬢様のおなーりー、なんてね……
「もう! なんで私から!? 志乃からすれば良いじゃん!」
「志乃様は夜でございます」
……水乃さんか……
「分かったわよ! 行けば良いんでしょ! 行けば!」
わんぱく娘の姉は昨日とはまた違うドレスでやってきた。水色。どうも似合っている。
「どうも、こんにちは! 昨日ぶり! 私は、信楽 水乃です!よろしく!」
「元気良すぎませんか?」
「それが取り柄なんで!」
……キャラかぶりしてる気がする……
そして、沈黙が訪れた。その沈黙は痛すぎた。やる気のない彼と、何をしたら良いかわからない水乃。本来、男であるからの方から話を振るべきなのだが、やる気を全く見せない彼はもちろん話を振ることはない。そこで、水乃の方から、話を振ってみた。
「なんか、落ち着きませんね」
「それは、あなたが、元気過ぎるからです。どうも、こういうところで静かに座るような人には見えない」
「確かに。出来ることなら、今すぐスポーツがしたいです」
「バスケですか?」
水乃はあからさまに驚いてみせた。彼には、その行動が鼻についた。
「なんで分かったんですか!?」
「適当ですよ。みた感じ、日焼けはしてない。スポーツをしているとさっきから言っているから、それが、本当なら室内スポーツになる。足の膨らみ方、常の歩き方は幼い頃から矯正はされているだろうけど、筋肉はごまかせない。毎日……とまでは行かなくても、かなり鍛え込んでる。室内のスポーツ。剣道なんかも考えたが、剣道独特の足をしていない。柔道も同じ理由で排除」
「独特の足?」
「すり足。そこまでの筋肉を持っている人が、すり足をしないとは考えにくい。ならば、他の室内スポーツにするべきだ。あとは、適当です。バレーとバスケ、フットサルにハンドボール。どれでも良かった。そして、僕はその賭けに勝った」
水乃はあっけにとられていた。 彼は、軽く頭を掻いた。相手の反応は他の人たちと全く同じ反応だったからだ。どうしても彼女と比べてしまう。そして、彼女が一番だと思える。
水乃は気を取り直して別の質問をした。
「好きな女性のタイプとかありますか?」
「そうですね……。基本的には好きになった人ですかね」
「その口ぶりですと、今、恋をしているように聞こえますが……」
「ええ、してますよ今も。僕はその人にベタ惚れなんですから」
彼は、初めて笑顔を見せた。そして、水乃は悟った。自分では彼を落とさない、と。スポーツ系の潔さを持ち合わせていた水乃はたわいもない世間話を済ませてお見合いを切り上げた。
「そういう、水乃さんは恋とかしていないのですか?」
年頃の少年少女の健全な会話のように見えてその実ただ、牽制している。
「私は、特にそういうのはありませんね。女子校ですし」
「ああ、なるほど」
……健全な世界ね……
「なら、水乃さんは外を知るべきですよ。いろいろな世界を見て、いろいろな世界を知る。僕はね、そういう世界がどれだけ地獄かを知っています。そうですね、あなたは何も知らない」
……わざと嫌われるように生きなければ。彼女を、彼女たちを牽制して、そして彼女たちには傷ついて欲しくない。だって、彼女たちに罪はないのだから……
実質的な時間としては2時間あるかないかだった。
「次は午後6時より志乃様とお食事になります」
「こんな茶番劇まだ続くんですか?」
「美代様はそれをお望みです」
「くだらない」
富岡は何も言わなかった。
……なあ、富岡さん。あんたは、こんなくだらないことに付き合ってられないだろ? 何がそんなに駆り立てる?……
彼は、そんな憶測で気を紛らわした。
時間を思ったより早く来た。食事が終わって自室待機を命じられると、また、暇な時間が来ると思っていたが、自室にいない2時間の間に最新ゲーム機が設置されていた。ご丁寧なことに巷で死にゲーなんて揶揄されるやり込みゲームだった。彼は、ほぼなし崩し的にそれをやり始めたが、ところがどっこい、思っていた数倍、面白かった。残った時間全てをそのゲームに費やした。
「鈴解様、お次に行きます」
彼は、昼と同じ部屋に入れられた。先に志乃が座っていた。
「遅れて申し訳ありません」
富岡は一礼して部屋を出た。残された彼は席に向かう。席を前にして志乃の顔を見て、
「遅れました」
と、一言詫びを入れて席に着いた。
テーブルにはフレンチと思しきナイフとフォークの配置がしてあった。
……マナーとか覚えてねー……
彼は、記憶の奥底からそれらしき作法を思い出した。
……まあ、なんとかするか……
そして、案の定フレンチだった。
「鈴解様はフレンチがお好きで?」
志乃も志乃で積極的だった。水乃よりおしとやかであったが、それでも元気があった。どこか、彼女と同じ落ち着きが見える。
「まあ、どちらかといえば、好きですね。もっとも、一人暮らしをしている手前、こんな豪勢なものは食べれませんがね。そして、はっきりと言うと、作法が分かりません。だから、そこら辺は目を瞑って下さい」
さりげなく、小さく伝える。
「いつもはどのようなものを食べておられるのですか?」
「そうですね、お惣菜やら、自分で作ったものですかね」
「お惣菜?」
「ああ、庶民の糧です」
志乃は合点がいかなかった。
「ご自分で作られるのですね」
「ええ、まあ。なにぶんお金がないので」
……ここで、ぶっ込んでみるか。さて、どういう反応に来るかな?……
「家から仕送りは?」
「かなり来ますけど、一銭も手をつけてません。ほとんどをバイトでまかなっています」
「バイト?」
「ええ、働いてます」
「まあ! 清水家の御曹司はその年で社会に出ておられるのですか!?」
「まあ、片鱗を見てはいます。ですが、こっちの世界は汚いですが、僕の生活空間は綺麗ですよ」
志乃はこの皮肉を受け取れなかった。
そして、食事はなんだかんだ進んで、志乃は斬り込みをかけた。
「そういえば、水乃お姉が目を赤くしておられました。鈴解様と何かあったのでしょうか?」
「さて? 僕は、聞かれたことに答えただけですけど……。そうですね……、強いていえば、僕が彼女持ち、と言うことくらいですかね」
「え!?」
……そんなに意外か!?おい!?……
と、彼は驚きの顔を見せてやる。そのことによって、このことが本当であることを意味させる。
「ならば、好都合ですわ! 要するに、わたくしがあなた様を寝とれば良いのですね!」
「どこでそんな言葉を知ったのですか? そんな、寝取るなんて……。一部マニアが喜びそー」
「マニア? 喜ぶ? あー、あと、この言葉は私が懇意にしている使用人の言葉です」
……うん、その使用人はすぐクビにしよう……
「そうですか。志乃さん」
「は、はい!」
「その言葉、使わないほうがいいですよ」
「何故です?」
「いいから」
「……」
……なんか、偉そうな僕!……
そして、世間話で終わる。
帰り際、志乃は彼に向かって言い放った。
「ああ、鈴解様。お姉はあんな性格で、天邪鬼ですけど、私は、あなた様が彼女持ちだろうと関係ありませんので! ご覚悟を!」
と。
……おいおい、寝取られではなく寝取りの方かよ! 文字通りじゃねぇか!……
彼は、絶句していた。
彼は、すぐに自室に戻ってスマホの電波状況を見たが、ご丁寧に圏外のマークが付いている。
……あと、3日……
彼は、昨日の疲れもあってか、12時には寝ていた。
ここから先は基本的に同じことの繰り返しだった。
昼食を富永 伊代と取り、やはり、彼女持ちであることが一線を画すのか、進展はなかった。いや、させなかった。その中でも違う反応を示したのは2人、遠藤 雛・信楽 志乃は違う反応を示した。志乃の方は語った。志乃はあからさまな宣戦布告を行った。雛もまた、あからさまな宣戦布告を行った。彼女の知らないところで戦争が巻き起こっている。彼としては、面倒この上ない。
4人の性格を少し話しておこう。
水乃は活発な子、と言うこの一言に尽きる。しかし、肝心なところの押しが弱い。その点は志乃が補った。水乃ほどの元気良さはないが、かといってノリが悪いわけではない。ノリの良いお淑やかな、というと、矛盾があるが、事実そういう性格なので仕方がない。志乃は押しが強い。というよりも、芯が強いのだろう。
伊代はどちらかといえば志乃に似ている。元気良さはないが、押しも弱い。しかし、年に似合わない大人っぽさは確かにある。あと、胸も4人の中では一番大きい。
そして、彼がお見合いをした四人目の少女、雛は彼の中で、最も危険な匂いがした。お淑やかで、芯が強くて、押しも強い。ここまでは志乃のようだ。しかし、その先がある。計画的。彼の目には、雛の仕草、声の出し方、言葉の使い方、その他諸々が何か胡散臭く見えた。悪女、というべきか……。富岡に次ぐ関わってはいけない人間。
4人がどのような家庭の状況かは、彼はよくわかっていない。わかるつもりがない、というのはあるが、それ以前に、清水財閥の構成要員がどのようなものかを知らない。役員が十五人いると聞いてはいるが、そのうちの三人なのだろう。信楽、富永、遠藤。身なりから判断して、まだ、家の危機ではなさそうだった。
あの4人にとって、彼の存在とは、15の家の中で、一つ上の存在になれる。言い方を変えれば清水家との間に婚姻関係が生まれることによって、自ずとその家の格は清水家と同等になる。完全な一緒ではなくとも、清水家より下で他の家より上の存在になれる。やはり、権力のためだった。それを彼は、最初から見抜いていた。いや、見抜いてしかるべき理由だ。惚れたなんかの理由で来るのなら、あんな、接触は図らない。
そこまで思考が回ったが、その先がいかなかった。だんだん頭が痛くなっていた。
……やっぱり、何か盛られたな……
彼は、カバンの中から、予め用意しておいた採血キットを出した。そんなものをどこで用意したかは、あとでわかることだ。
……三本、夜毎に採血したらちょうどいい……
彼が、どうしてここまで用意できたかは正直分からない。彼の経験がそうさせたのか、もしくは、そうなることが理解できていたのか、その一切が不明であるが、少なくとも、彼の推理はあっていた。流石の彼も部屋の位置までは分からなかった。
彼は、暗闇の中、手探りで道具を片付け、眠りについた。
全く寝付けなかった。体はだるく、熱っぽい。彼は、なんとか眠りについたが、快適なものではなかった。
すぐに朝日は登る。彼の体は自分でもわかるレベルで衰退していた。
彼は、寝付けない枕の上で彼女が自分の出した指示通りに動いてくれていることを願った。
彼から連絡が途絶えてから4日が経った。彼のことを心の底から心配している彼女はよく眠れない日が続いた。それでも、毎日講座にでて、授業を受けた。それは、気がまぎれるわけではなかったが、家にいても何もないため、誰かと話すことで気を紛らわせようとしたが、カップルとかをみると不安になった。
4日目になると、やはり、連絡がなかったから、彼の言われた通りにするしかないと実感した。彼からは、
『4日経って連絡がなかったら、白川先生に、「ゲームが始まりました」と、伝えて。後は、白川先生に言われた通りに動いてくれたらいい。無理なら無理でも構わない。でも、伝えるだけ伝えて』
と。その言葉だけを頼りに四日間を過ごしていた。
そんな、弱っている彼女を宮上は見てはいたが、触れるべきではないと判断した。正直な話をすると、宮上は彼がいないことをラッキーと最初は思っていた。しかし、いざいなくなってみると、彼女の憔悴ぶりに焦りさえも感じた。彼女は明らかに弱っている。弱りすぎるくらいに弱っている。そんなのを手放しでは喜ばなかった。彼女にとっての彼の存在は重くなりすぎていた。ある種のヤンデレにも似た顔をし始めた。いつも空元気でテンションの起伏が激しい。明らかに病み始めていた。宮上は極力、彼女の頭から彼のことを考えないように努力をしたが、それは土台無理な話であり、時間をかけるしかなかったことに歯がゆさを感じていた。試しにゲーセンやらスイーツ店なんかに誘ってみたが、ついてきても上の空を貫き通し、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
そんな中、彼女の行動が始まった。4日目がきても来ることのなかった彼からの連絡は彼女にとっての号令と同意義だった。彼女は足早に白川先生のもとに行った。職員室にいることはなんとなくわかった。
「白川先生……」
彼女は弱り切った声を絞り出して先生を呼んだ。
「うん? どうしたんだい? ああ、ちょうど良かった、篠崎にしっかりと強気で、めちゃくちゃ大きな声で……? どうしたんだい?」
講座を全て終わらせてからやったから時間としては3時を回ったところだった。職員室の机の上にポテチを広げてそれを頬張っていた。
「先生、彼……、鈴解くんからの伝言です。『ゲームが始まりました』だ、そうです」
白川先生の顔色が変わった。深刻な顔をして、食べかけのポテチから、手を引いて、
「美涼ちゃん、今日明日明後日と時間ある?」
質問の意図を組むことは出来なかったが、彼女は彼との予定以外に白紙だった。
「大丈夫です」
「じゃあ、一度帰って3日分の支度をして。少し、私のところに外泊してもらうから。いい?」
「どういうことです?」
「知らないわよ。篠崎と兄さんの指示だから」
「先生に兄が居たんですね」
「意外か?」
先生は禁煙のはずな職員室で誰も居ないからといって、おもむろにタバコを取り出して咥えた。
「いえ……。わかりました。これ以上聞きません」
「そ……、こっちも助かるわ。私もその、ゲームがなんたらの言葉を聞いてから言われた通りに行動するだけだから……」
彼女は理解した。多分みんなが彼にとって何かしらのロールなんだ、と。人知れず与えたロールを誰もその真意を知らずにこなす。予めから決めていたに違いない。彼は予見していた。自分の身に何か起こることを……。
彼女は頭を使ったが何一つして、彼の身に起こったことを理解できなかった。だから、考えることをやめずに先生の言う通りに動いた。3日分の支度を家で手早くすると、両親には友達と旅行に行く、と言って毎日連絡することを約束して学校にまた行った。
空っぽだった。流石は夏休み、教師陣もほとんどが家に帰り、外からは部活の声も聞こえない。静まりかえった学校は彼が好きそうな静けさだった。それを意識すると、彼女は急に胸を締め付けられる思いをした。
窓からは夕日だけが差し込んだ。省エネを掲げるこの学校は、まあ、大概の学校は名ばかり省エネを掲げていて、ここも例外ではないが、廊下の電気を消してあった。それのおかげかそれとも日暮れだからか、学校が不気味にも思えた。
彼女は職員室にたどり着くと、部屋の中でパソコンをカタカタと音を立てている人がいることに気づいた。先生は外に誰かが、立っていることに気づくとそれが、彼女と判断するなり、身支度を始めた。
彼女は一応ノックをしたが、形式張っただけであって、たいした意味もなく、すぐに中に入った。
「思ってたより早かったね」
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