5-1 息の合わない二人
同じような高校二年生の男子に聞きたい。
ある高校生カップルの両方と友達だったとする。
その高校生カップルが、最近、うまくいっていないとする。
その高校生カップルの両方から、相手への不満をこぼすメッセージが届いたとする。
君だったらどっちの味方に付く?
最近実花が今利に気持ちを寄せててさぁ
彼氏の俺のこと、どう思ってるんだろうね
好きじゃなければ一緒にいないと思うよ
気にしすぎなんじゃない?
紅白戦の時も
岸凪がいなくなった後
今利の応援ばっかりしてたぞ
それが気のせいだって
これは瀧君とのメッセージ。
爽平が私のこと疑うのよね
別に今利君のことなんかなんとも思ってないのに
瀧君をいじりすぎたのが悪いんじゃない?
もう少し大事にしようよ
別に今利君の応援なんかしたくなかったし
なんか変な術で勝手に言わされたんだから
私は被害者!
そんな術、あるかどうか分からないんでしょ
信じてもらえないこと言わない方がいいよ
これは有沢さんとのメッセージ。
どちらも相手の不満を僕にぶつけてくる。
お互いのことを聞いていない振りをするのがつらい……
それに有沢さんは秘術のことを疑っている。僕に飛び火するのは非常にまずい。
一昨日の火曜日と昨日の水曜日の昼休みは、一緒にお弁当を食べているけれども二人の間の言葉は少なく、たまにかける言葉もぶっきらぼうで相手に対する配慮がない。
そこに挟まれているのはいたたまれないけど、なぜその場にいるかというと、二人きりにするのが、なにか怖い。
お互いの腹の中にたまっているガスが吹き出る寸前というか、お互いの頭の上に鬼の角が出そうというか。
イメージされるのは、破局。
世の男女なら、わかり合えないことはあるさ、と冷ややかに見るのだろう。
でも瀧君と有沢さんは近くで見ていてちょうどいい組み合わせだと思うし、原因があの秘術にあることを僕は知っている(有沢さんが被害者だというのはたしかに正しい)。
二人には離れて欲しくないんだ。
そんなことを思っていたのに……
三時間目が終わって休み時間、スマホが震えた。画面を見るとStringのメッセージが入っていた。
今日の昼だけど
実花と話があるから
岸凪はよそに行っててくれないか
瀧君、思い詰めちゃよくないよ。早く返事をしないと。
返事を書いている内にスマホが震えた。Stringの通知は「有沢 実花」と出た。
なんだ? なにが書かれている?
岸凪君
今日は爽平と二人きりになりたいの
お昼、ごめんね!
ええ~!? どうして二人揃って同じタイミングで一線を越えようとするの!?
お互いに考えてることバッチリあってるじゃないか。これは別れちゃダメだって。
僕はどちらにも返事を書くのを止めた。
狙うなら、不意打ちだ。
「瀧君、有沢さん、こんにちは」
昼休み、瀧君と有沢さんがいる教室に入ると、二人は驚いて僕を見た。
「岸凪、どうしてここに居るんだ?」
「どうしてって、いつも通りに」
瀧君は弁当箱の蓋を取り落としそうになって、慌てて体勢を立て直した後に僕に聞いた。ここで震えている訳にはいかないよね。
「岸凪君、爽平と二人きりにして欲しいって言ったのに」
「そんなこと言ってたっけ?」
有沢さんはサンドイッチをゆっくり置いて僕に言った。ここははぐらかす。
「だって、Stringに既読ついてたよ」
しまった! 読んだことは有沢さんに伝わってるんだった! ええっと、お弁当を左手で持ったね。右手で頭を掻きながら。
「そうだっけ。読んだ記憶ないなあ~~」
有沢さんはスマホを取り出して画面ロックを解いた。そして僕に突きつける。
「ほら、既読ついてるし」
ああ、証拠あるよ……
「そう? でも、来ちゃったから、一緒にお昼を食べさせてよ……」
ここはなんとか強引に二人の間に割り込む。
いつもは三つ目の椅子が用意されているところが今日はない。けれど近くの空いている椅子をつかんで二人の隣に座る。二人はお互いを見て、それ以上何も言わず、僕がその場にいることを許してくれた。
教室の中は会話にあふれているけれど、瀧君と有沢さんの二人は押し黙ったままだ。瀧君は黙々と箸を弁当箱と口の間で往復させる。有沢さんは押し黙ったままもそもそとサンドイッチを少しずつ口に入れる。
このままじゃ、まずいよね。
「瀧君、最近どう?」
僕の呼びかけに、瀧君は僕を見た後で弁当箱に目を落とした。
「最近と言ってもなあ」
それきりで、再び箸を弁当箱と口の間で往復させる。
瀧君は埒があかないか。だとしたら有沢さんか。
「有沢さんはなにかあった?」
有沢さんがサンドイッチをバケットの上に置いた。これは進展するかも。
「あったって言うか、言っていいかな?」
有沢さんの声は小さいけれども少し低く粗がある。なにかあるかな。
「今利君のことだけど」
「俺より今利がいいんだろ」
有沢さんの言葉を瀧君が断ち切る。有沢さんはムスッとしていて、瀧君は冷ややかだ。
ここは、先読みで聞こえる二人の会話に耳を澄ませる方が、いいよね?
《私、別に今利君のこと応援したくなんかないし》
《だって、現に今利のことばっか応援してるじゃん》
話が核心に触れてきたぞ。
《私だって言いたくないし》
《言いたくないこと言う奴がいるかよ》
二人の声がだんだん粗さを増していく。先読みで聞いていても、その場にいるのがつらい。それを十秒遅れで実際の声として再び聞くのも苦しい……
有沢さんが叫んだ(のを十秒前に聞いた)。
《疑ってんのは爽平の方じゃん!》
僕の心が、その一言を言わせてはダメだ、と動いたのに気づいたのは後のことだった。有沢さんの頭の上のトラックに心の中で手を伸ばして、気がつけば塗り替えていた。
「私の話、聞いてくれない?」
その言葉が出た瞬間、僕のみぞおちは重くなり、僕は箸を取り落とした。
有沢さんの言葉の上に瀧君のいら立ちが被る。
《今さらなにを聞けって言うんだよ?》
その言葉もダメだ! と思ったとき、もう僕は瀧君のトラックを塗り替えていた。
「聞いてもいいから」
僕は周囲の空気の薄さに金魚のように口をパクパクさせる。
瀧君と有沢さんはキョトンとしている。当然だ。口が勝手なことをしゃべった。お互いが相手を見て、目配せで牽制し合う。折れたのは瀧君だった。
「話して見ろよ」
その一言で有沢さんが落ち着いた。
《最近、女子の間で話題になってるんだけど、校内で、言いたくもないのに今利君のことを好きだって口走ってしまう女子が多いんだって》
《そんな話あるの?》
有沢さんの口調は低めの小声で、瀧君は高めの声で軽口を叩く。それでも会話が続きそうだ。
《あるのよ。他人に自分が思ったことを言わせる術があるってネットで話題になってるし、最近の今利君への声援、ちょっとおかしいのよ》
《それだけのぼせ上がっている女子が多いんだろ》
有沢さんはいら立ちを抑えながら説明するけれども瀧君は軽くあしらう。状況は綱渡り。
《私も、本当は言いたくないんだけど、今利君への応援を言わされてるの。そのつらさ、分かる?》
《分かる?って、言いたくないことしゃべってるなら、今言ってる言葉は何だよ》
瀧君のあしらいに有沢さんの心の糸が切れた。
《私を遠ざけようとしているのは爽平じゃない!》
気づけば僕は有沢さんのトラックを塗り替えていた。
「嫌いだったらここにいないよ!」
有沢さんは口走った後で放心したように視線が分からない丸い目になった。その目は誠心か虚偽か。瀧君は探る。
《嫌いだから話があるんじゃないのかよ?》
《復縁話どころか、別れる気なんてないし》
有沢さんのすがるような言葉に瀧君が怒った。
《二股かける気じゃないだろうな?》
あれ、僕、気を失いかけてたけど、どうして瀧君のトラックが塗り変わっているんだろう。
「もうちょっと殊勝な態度だったら話を聞かなくもないから」
瀧君の言葉に有沢さんが落ち着きを取り戻した。
「ごめん。頭に血が上ってたわ。怒りながらする話じゃないよね」
瀧君は自分が言ってしまった言葉の置き所を探して、それは腹の中だと気づいたようだ。
「落ち着いたらいいんだよ。実花は冗談がきついから、どこまで俺のことを思っているのか、疑って悪かったな」
よかった。これでよかった。決定的な破局は避けられた。
安堵したとき、なぜか、僕の座っていた椅子が右に傾いた。
椅子じゃない。僕の上半身が揺らいだんだ。
僕は右肩から教室の床に打ち付けられる。
瀧君は驚いてなにも言えず、有沢さんが声をかけた。
「岸凪君、どうしたの?」
「なんでもないよ……」
僕が生返事をすると有沢さんは心配と呆れがない交ぜになる。
「この前もおかしかったじゃない。なんか病気なんじゃない?」
「いいや、何にもないから」
「だったらいいけど」
有沢さんと瀧君は互いを見て、僕に目を下ろす。
ここは笑おう。
「僕のことは……いいから……二人で話を続けててよ……」
二人は度惑いながらも相手を向き合って話を始めた。聞き返したり、スマホでネットを見たり。
最終的には有沢さんの言い分を瀧君が分かったようだ。
めでたしめでたし。
そのまま終業まで学校にいて、家に帰った後で有沢さんからStringのメッセージが入っていた。
ちょっと変なこと聞くけど
あんた
お昼休みに私たちになにかしなかった?
ああ。有沢さんは気づいたようだ。もしかしたら瀧君も分かっていて黙っているだけか? 言ってしまうとあれこれ面倒だからなぁ。ここはお昼と同じ。
気にしすぎじゃない?
その嘘をついたとき、胃が少しだけ痛んだ。
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