4-1 みんなのファンになってくれるといいな
秡川さんが沈黙を破って自分を陥れた人たちに今の気持ちを告げた、その翌日は金曜日。
だからという訳ではないはずだけど、瀧君がいるサッカー部で紅白戦が行われる。瀧君とつきあっている有沢さんはその様子を見に来る。今利君の人気でギャラリーも集まる。
そこに現れた僕は、みんなが驚く人を連れてきていた。
有沢さんと、紅白戦の前に雑談していた瀧君もその人を見て驚いた。
でも、僕は何事もなかったようにその人を紹介しなければいけない。有沢さんと瀧君の横に立って。
「こちらは、僕がいる二組の秡川さん。女子と友達になりたいって言ってたから、有沢さんを紹介しようと思って、みんながいるところに連れてきたんだ。
秡川さんがぺこりと頭を下げた。
「秡川です。もしかしたらつきあいが悪くて呆れさせるかもしれませんが、よろしくお願いします」
瀧君は見とれていて、有沢さんは口をポッカーンと開けたまま黙ること十秒ほど。
僕の頭には他人の行動より先に言葉が聞こえてくる訳だから、それは意表を突く形になって。
《岸凪君、あんた何を企んでだまり姫に近づいたのよ》
え? そこ? きっかけの方を聞くんじゃないの?
有沢さんが左に立っていた僕をにらみつけた。
「岸凪君、あんた何を企んでだまり姫に近づいたのよ」
「企んで、って、何も企んでないよ」
「どうやって仲良くなったとは聞かないわ。手を尽くせば仲良くなることはできるでしょうからね。近づいた目的が不純じゃないかって言ってるのよ」
「不純な動機なんてないよ。たまたま偶然が重なって、秡川さんと会話することになって、とりあえず話をしてくれるようになっただけだって」
ああ、有沢さん、信じてないというか、呆れてるというか。
「だまり姫を狙うなんてハードル高すぎでしょ。ほとんど棒高跳びでしょ。バーの下をただ走り去って、『ごめん、やっぱり無理だった。てへぺろ』って言っても誰も笑わないから」
今時てへぺろはないでしょ…… 秡川さん、助けてよ。
と思ったら秡川さんは固まっている。事態の急変に追いつけないらしい。僕を助けるどころじゃないよね……
有沢さんの不信の目が僕を射貫く。陳腐な言い方だけど、僕は蛇に睨まれた蛙。
「別に友達になっただけで彼女にしたいとかじゃないから、そんなに疑わないでよ……」
すると秡川さんが。
「岸凪君が言う通り、別につきあっている訳ではないですから」
そこだけ助け船出すんだ…… そうだよね、僕たちつきあってないよね……
有沢さんが、ふうっ、と息をついた。
「まあいいわ。今まで友達がいなかっただまり姫を周囲に溶け込ませたいなら、きちんと仲立ちに徹して男を見せなさい!」
そして秡川さんの左に寄ると、いきなり右手で秡川さんの背中から右肩に手を回した。秡川さんがビクッと震える。まるでいきなり抱きつかれた猫のようだ。そんなこと、有沢さんにはお構いなし。秡川さんの顔に顔を寄せてひそひそ話。でも、ごめん、聞こえてるよ。
「最初に友達を作りたいと思ったときに、岸凪君を選ぶのはなかなかいいセンスなんじゃない? ずっと他人のペースに合わせてくれるし、顔も、イケメンとは言われないけどこぢんまりとまとまっていて清潔感あるしね。さんざんワガママ言って、使い倒してやりなさい」
これって、ほめられてるのか、はめられてるのか、どっちなんだろう? 秡川さん、いいこと聞いたと思って無理難題を言ってくるのかな……
でも、それを聞いた秡川さんはちょっと距離を置いている。
「使い倒すとか、ワガママ言うとか、そんなつもりで仲良くなりたい訳じゃないですから」
距離を置いているのは、友達を作るという意味ではよくないんだけど、僕は少しほっとする。
ここまでを見ていた瀧君は心配そうだ。
「岸凪、秡川さんの最初の友達がいきなり実花っていうのはハードルが高かったんじゃないか?」
「だけど他に紹介できる女子も知らなかったし」
「友達づきあいの少ない奴が先輩面するからだよ。俺とかに先に相談していれば……」
その一言に、僕は頭が止まってしまった。
そう。僕は秡川さんを他人に任せたくなかったのだ。
欲張ってたんだな。今、分かったよ。
何も言えない僕を、瀧君はただ側で見ていてくれた。
僕がうつむいて周りが見えなくなっているとき、周囲から数人の歓声が上がった。なに?
歓声が上がった方を見て、彼女らの視線の先を見ると、今利君が僕たちの方に歩いてきた。
周りの女子がヒソヒソと言う。
「やっぱり今利君も秡川さんが気になるのかなぁ」
「秡川さんだと、しょうがないよね、ってなるよね」
たしかにそう思えた。今利君ならしょうがないよね、と。
爽やかな顔。体幹が安定していて癖もなく綺麗な歩き方。王子様として育てられるとこうなるんだろうか、という品が今利君にはある。
あ、秡川さんの顔が明るい。
僕を見ているときとは違う、なんだか夢見る女の子のウキウキとした表情を見せている。
秡川さんも今利君のような男子がいいのかな。
今利君が秡川さんの前に立つと、周囲の女子が黙った。会話が周囲に筒抜けになる状況で今利君が秡川さんに声をかける。
「秡川さん、だっけ。間違ってたらごめんね。紅白戦を見に来てくれたんだ?」
秡川さんは高めの品のある声で言葉を返す。
「間違ってません。秡川です。はい、見に来ました」
その様子には恥じらいがあった。
普通の男子だったらそんな態度を見せられたら食いつくものだけれど、今利君は実に平静だ。平静であるが故に怖い一言を投げた。
「誰かお目当ての人がいるの?」
女子が一人「キャッ」と言った。
次の一言を誰もが待っている。
その中で秡川さんの答えは。
「いえ。どんな人がいるかもよく分かってなくて」
今利君はにこりと笑った。
「このチームはいい選手が多いから、誰を応援しても楽しいよ。秡川さんにはみんなのファンになってくれるといいな。それじゃあね」
そう言い残して今利君はグラウンドに帰っていく。
別の女子が「そんなの決まってるじゃない。あの態度じゃあ」とつぶやく。周囲がそれに同意する。
有沢さんが秡川さんの肩を抱く。今度は周りに聞こえないように本当に小声。でも隣にいた僕にはどうにか聞き取れた。
「あんた、今利君みたいなのがいいの?」
僕の耳には有沢さんの声より自分の心臓の音が聞こえた。
秡川さんは恥ずかしげに言う。
「だって、カッコいいじゃないですか」
僕の心臓がトクンと跳ねた。
有沢さんは今利君をあまりよく思っていないから、秡川さんに興ざめしたようだ。
「ああいうのが良い訳? 人を見る目は平凡なのね」
「平凡って、普通だと思うんですけど」
秡川さんはちょっと困っている。
その困っている秡川さんに「今利君は本当にいい人だよ」と助け船を出すことが、僕にはできなかった。
《岸凪も来てたのか》
突然僕にかけられた、その声の主が最初は分からなかった。こんな場所にはいないような人だったから。
「岸凪も来てたのか」
後ろから実際の声としてかけられて、振り返ってようやく事態を飲みこんだ。屋村君だった。「屋村君、なんでこんなところに?」
十秒早く声が聞こえるから、屋村君の返事は僕の言葉に被る。
《自分が来ているのに『こんなところに』はないだろう。俺だってたまにはスポーツ観戦もするさ》
たしかにその言い方は悪かった。思わず僕は頭を下げる。
「自分が来ているのに『こんなところに』はないだろう。俺だってたまにはスポーツ観戦もするさ」
「ごめんね。スポーツにも興味あったんだ?」
「人の趣味を勝手に決めるなよ。それを言ったら岸凪だって場違いだぞ」
「僕はそこにいる有沢さんに紹介したい人がいてね」
僕が手で軽く有沢さんを示すと屋村君は有沢さんを見て、その隣にいる秡川さんを見た。
「岸凪、最近、秡川さんと仲いいな。なにかあったか?」
屋村君なら有沢さんのように茶化しはしないだろうけれど、僕の秘密を教える訳にはいかない。
「たまたま話す機会があっただけだよ」
嘘をついたとき僕の胸が痛んだ。
屋村君は僕に背を向けた。呆れられたのだろうか。
「まあいい。俺はちょっと離れたところから見てるよ」
「ここにいればいいのに」
「自分でも場違いな人間だってことは分かってるさ。邪魔にならないところにいるよ」
屋村君はグラウンドの端に歩きながら左手を振った。僕も右手を振り返す。背を向けている屋村君には見えないけれど、それが礼儀だという気がするから。
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