2-1 みなさんは、大事な場面で言い間違いをしたことはないでしょうか?
その話は唐突だった。
「だから、口が勝手に、今利君の応援をしゃべってたんだって!」
学校に来て午前中にメッセージアプリStringで有沢さんから呼び出しを受けた。瀧君には内緒で相談に乗って欲しいと。それで、話し合いがしやすい場所として昼休みの学校の図書室を選んだ(高校生が話をするという用事に市立図書館は向かない)のだけれど、有沢さんは僕の隣に座るなり場所の決まり事も考えずにまくし立てる。
「だから、さっき言ったでしょ。岸凪君がサッカー部に練習に来たのが三日前だよね。私はその次の日はいなくて、昨日見に行ったのね。それで、爽平が頑張ってるから声かけてやろうと思ったら、口が勝手に、
『今利君、頑張って』
って。周りの女子は当たり前だと思ってたみたいだけど、爽平が驚いちゃってさあ。
これは言い訳するより爽平を応援した方が早い! そう思って、『爽平、いけてる!』と言おうとしたら、今度は、
『今利君、いけてる!』
って口がしゃべったわけ。どうしたのか全然訳わかんなくなって、黙ってようと思ったの。そしたら、さらにダメ押しで、
『今利君のことが好きです!』
て口がしゃべったもんだから、サッカー部員も周囲の女子もドン引き!! 怖くなっちゃって逃げたの。私が怖くなるなんて相当だからね」
自分で『相当だからね』って、自分が怖いもの知らずだってこと分かってるんだ…… だったら自重してよ……
とは怖くて言えなかった。
それに、有沢さんが言った通り、その話はさっきも聞いた。
有沢さんはそんなことかまわずに続ける。
「それで、今日になって爽平に謝りに行ったんだけど、爽平ったら私の言うことを聞き流すのよね。相手にしてくれないわけ。『ちょっと一人にさせてくれ』って、馬鹿が考えたって休んでるようなもんなのに。今利君を見てた女子も、私のこと疑ってさあ。陰で言うわけよ。
『有沢さんって、瀧君のこと好きなフリして、瀧君のことを、甘い物が苦手で女子のスイーツ好きにつきあってくれないよ、とか、練習終わって汗臭くなってるところで気にせず私に触ってくるよ、とか言ってて、本当は好きじゃないっぽいんだよね。瀧君のことはブラフで、本命は今利君なんじゃないの』
女子の悪口言いたくないんだけど、私、好きでもない男子を好きって言わないから」
それは今までの有沢さんの言動が招いた自業自得だと思う。
と言うこともできなかった。
それに話が飛びすぎてる。ここは水を差しておかないと。
「有沢さん。自分が思ってないことをしゃべっちゃったって、たしかに三回はおかしいかも知れないけど、普通に考えてあり得ないでしょ。人が聞いたら、頭がおかしくなったって思うよ……」
有沢さんが怒った女の子の顔から冷静な顔になった。
と思ったら、冷静に相手を追い詰める戦闘モードの冷ややかさに入っていた。
ポケットからスマホを取り出して、机の上に「コン」と置く。写ってるのは、ブログ?
「最近さあ、自分が決めた言葉を他人にしゃべらせる魔法について書いてる記事がたまに上がってるの。ネットで見たら、ネット上に十ページぐらいで、横のつながりはないみたいなんだ。ガスライティングっていう電磁波攻撃のネタほどじゃないけど、静かに来つつあるのよね」
操作しないでいたから暗くなった画面を有沢さんが右手の人差し指でコツンとつついた。画面に光が戻る。有沢さんが僕の目を見て、ふいっと、画面を指差したから、僕はスマホを手に取ってブログを読むことにした。
みなさんは、大事な場面で言い間違いをしたことはないでしょうか?
それが二度三度と続き、いつの間にか自分に不利な約束をさせられていたり
過去を知る人から間違いを指摘されて嘘つきと呼ばれたりしていないでしょうか?
それは
単なる言い間違いではありません。
巧妙に仕掛けられた罠です。
最近、ネットの裏マーケットで
自分が決めた言葉を自由に他人に言わせる秘技のマニュアルが出回っています。
専用に作られた呪符と呪文を用いるもので
自分が作った言葉を他人に実際に語らせることが可能です。
みなさんは言葉の重要性をどれだけ認識していますか?
正式な契約は文書で行われるとしても
普段の約束や、愛情確認、信頼関係の構築は
話し言葉で成り立っています。
話し言葉を操る人間は
あなたの人間関係に壊滅的な破壊行為をなしているのです。
あなたの生活を卑劣な人間の手に渡してはいけません。
私は、この重大な事実を世間に知らしめ
人々が自衛する手助けをしていきます。
(このブログはテキストですので口で言わせる秘技の影響を受けていません)
これを読んで、何をしろというのでしょう?
特に最後の一文は、言い訳が過ぎてうさんくささが増している。これを書いた人はアジテーターにしても素人だ。
……とあおり気味に語ると有沢さんに睨まれそうなのでソフトに伝えよう。
「読んだけど、この人、証拠を示してないよね。裏マーケットへのリンクも張ってないし。さっき言ってたガスライティングって、電磁波攻撃で人を発狂させるという話だけど、結局、精神病患者の妄想なんでしょ? その妄想の新しいパターンかも知れないよ」
有沢さんはスマホを手に取って、ブラウザのウィンドウ切り替え画面を出した。複数のキーワードを使い分けて、ネットに点在する同様のサイトが引っかかった検索エンジン画面が並んでいた。
「最初に聞いたのは、今日、クラスの子から、噂話で。試しに他の子に聞いたら、知っている子がもう二人いたの。合わせて三人ね。サイトはその子達から教えてもらったわ。たしかに妄想という線もあるけど、それにしてはページの最終更新日時が新しくて、同時多発的。実際に最近になって発生してるか、特定個人の自作自演か、どっちかね。だけど、文章の癖がサイトによってバラバラで、同じ人が書いたにしては違いすぎる気がするのよね」
複数のサイトを見ると、たしかに語調が違う。他人からの伝聞として書かれているものもあれば、販売サイトを見て怖くなって止めたという体験談もある。書く人の立場がまちまちだ。特に買いかけた人の体験談は、ガスライティングのように被害者ばかりが書く話とはやや趣が違う。自分が使いたくなったという心の弱さを吐露している。
それでもやっぱり、他人に好き勝手な言葉を言わせるというのは、どうしても信じがたい。
「ごめん。僕にはやっぱり信じられないよ」
有沢さんはスマホを右手で拾い上げポケットに入れた。
「そっか。岸凪君は常識的だね。たしかに実際に受けないと信じられないもんね。そこは私も分からなくはないな。あとは……今利君のうさんくささ?」
え? 今、なんて言った?
「うさんくさいって、今利君が?」
僕の顔に浮いた?マークを見たのかな。有沢さんが僕の目を見る。
「あれだけ女の子にキャーキャー言われて、本命を選んでないのって、周囲に女の子を侍らすのが好きなんじゃないの?」
「いやいや、そうとは限らないでしょ。付き合うとなったら気持ちの整理もいるし」
有沢さんが鼻で笑った。
「つきあうのは一人だけだからたくさんの子から好意をもらっても無駄。……なんて思うのはモテない器が小さい男だけ。天下を取る男とか、逆に小悪党とか、枠に収まらない人間は女の子なら何人いてもいいと思うの。最近の男子が読む漫画ってみんなそうじゃん」
たしかに、ここ最近、そんな漫画が増えた気がする。小説もなんとなくそうなってる、気がする…… その趣味は、叶ったら楽しいだろうけど、現実にやるものかなあ?
なんか分かんないなあ。
僕が困惑している中、図書室のスピーカーからチャイムが鳴った。
まずい。ここで切り上げないと。
「有沢さん。授業に遅れるから、行くよ。最後に、僕はどうすればいいの?」
「爽平に、私の無実を説明しといて。じゃあ、お願いね!」
有沢さんは言うだけ言うと図書室を飛び出していった。
無実を説明しろって、どうすればいいの? あんなうさんくさいサイトの説明で?
僕は授業に遅れて先生に叱られた。授業中、有沢さんからStringで今日見たサイト群のURLが送られてきた。詳しい説明付。こういうところ、有沢さんは律儀だ。
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