6-6 どうした? お前とおんなじことやったよ
今利君の話はひとまずの決着を得た(それはひどいものだった)のに、肝心の犯人が探しが進まない。
火曜日も水曜日も犯人は見つからず、僕は途方に暮れている。
こういうときには友達に会いたい。僕には決まった場所に行けば必ず会える友達がいる。
木曜日の放課後、市立図書館に足が向いた。
いつもの定位置に屋村君はいた。
「よう、岸凪」
それが着席を促す合図だと見て取った僕は屋村君の向かいの席に座った。
屋村君と僕、二人は側にいてただ本を読んでいる。
側にいることを許されている。それはあらゆることを許されているに等しい。
僕の心が落ち着くのを感じた。
ふと、屋村君が本を机の上に置いた。
「岸凪。この前、他人に好きな勝手なことを言わせる術について話してくれたよな」
その話題か。今はちょっと避けたいな。
「別に気にしなくていいよ、屋村君。面白い話題じゃないしね」
屋村君は僕の後ろを指差した。
「あそこに人がいるよな」
そこには背広姿の男性がいた。三十歳ぐらいだろうか。
「どうしたの?」
そう僕が答えたのと同じタイミングで、その男性の頭の上のトラックが塗り変わった。
その男性の口から言葉が漏れた。
「あぁ、仕事辞めたい」
男性は言ってしまった後で驚いて周囲を見回す。幸い聞いていた人はいなかったようだ。僕たち以外には。
なんだ? どうしてここで? 誰がやった?
自分の心に問うたとき、屋村君を背に置いて、背筋に氷水を流されたような冷たさが走った。
屋村君が笑う。
「あいつ、思ってもいないことを言わされて慌ててたよな。面白ぇ」
正面に向き直る僕の首はとても硬くてゆっくりとしか回らなかった。正面を向いたとき、屋村君は破顔を解いていて表情はニヤつきへと変わっていた。
「どうした? お前とおんなじことやったよ」
僕と、同じ……
今、僕がいるここはツンドラだ。全てが凍てつく冷え切った世界。
その中、僕は下着姿で放り出されていて、目の前の屋村君はぬくぬくとコートを着ていた。
「同じって、どうして? だって、今利君が問い詰められているとき、他人に思っていないことを言わせるのをあんなに嫌ってたじゃないか!」
屋村君が再び笑った。
「一般人に『自分は犯罪者です』って名乗るかよ。お前が同じ穴の狢だから打ち明けたんだよ。前々から怪しいと思ってたけど、月曜日に今利に謝りに行ったろ。どうして真犯人が他にいるって分かった? 術の詳細を知っているからだ。あれがお前の敗着だったんだよ」
「どうして今利君を陥れた!?」
屋村君が口角を上げる。
「岸凪は今利がうらやましくはなかったか? 悔しくはなかったか? 転落するところを見たくなかったか?」
見たくない、と言い切るには僕の良心は薄弱だ。
僕が黙っているのを見て取った屋村君が言葉を続ける。
「かわいそうに。何にも知らない馬鹿王子。一番の財産である信頼を失って真っ逆さまだ。まあ面白いものが見られたよ」
和良差さんは言ってたっけ。これからも被害は続くって。
こんな男が術を持っていたら懸念は現実になる。
「これからどうするんだよ」
屋村君はもったいつけたけれど、お互い分かっていることに十秒先の会話が読めるから間はほとんどなかった。
《そうだな。今利ほどの大きな獲物はもういないから、しばらくは小さいいたずらにとどめるさ。あ、今一番大きな獲物は岸凪だな。お前の口、塞いでやろうか?》
その言葉は本当に僕の口を塞いだ。屋村君は僕のトラックが脆いことも知っている。ここで争ったら、どちらが勝つかは運のみぞ知る。
黙った僕を見て屋村君が破顔する。
《冗談だよ。お前の舌を抜いたりしないよ》
舌を抜く。言い古された表現だ。彼は今、それを舌に触れることなく現実にできる。
彼は僕をねっとりとねめつけた。
《同類二人、仲良くしような。俺の趣味を分かる人間は少ないんだ》
この場にはもういたくない。
《ごめん。帰るよ》
僕が鞄を持って立ち上がると屋村君は一言足した。
《また明日な》
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