6-5 私たち、ひどいことをしたんですね
今利君が犯人でないことが分かった。この状況でどうするか。
犯人捜しが一番大切だけど、今利君の名誉回復もしなければいけない。
「今利が犯人じゃないって、マジで言ってるのか!?」
週が明けて月曜日。瀧君と有沢さんと一緒にお弁当を食べているときに話を切り出すと、二人は僕のことをおかしなことを言う奴だと思ったようで、さっきの台詞は瀧君の言葉。
「うん。今利君が魔方陣をなくした後、今までとちょっと違う形だったけど、口が勝手にしゃべったって人がいたんだ」
はい。これは嘘です。
そういうことにしておかないと信じてもらえないからね。
「昨日の今日で、そんな証言がすぐに出てくる? 岸凪君、なにか知ってない?」
有沢さんの探りは痛い。なにしろ別れ話になりかけたときの一件がある。僕のことを疑っている節があるし、嘘に対して勘が鋭いところがある。
「いや、僕は、人から話を聞いただけだよ」
僕がはぐらかすと有沢さんはそれ以上追求しない。信じてもらえたのか? あ、もしかして僕が黒幕だと思っているのか? それは怖いなあ。
そんな心配をしているのも脇に置いて有沢さんが僕に尋ねる。
「そんな話をして、どうする気?」
「今利君に謝るしかないよ」
「謝るって?」
「他に犯人がいるのに今利君を疑ってごめんなさい、って」
瀧君が僕のことを本気で心配してくれた。
「今さら蒸し返すのはよくないって。お前が怪しいと思われるだろ」
「だけど僕もあの場にいて今利君を追い詰めたし」
有沢さんは我関せず。
「まあ、岸凪君がやりたいって言うならやればいいわ」
「ちょっと待って。有沢さん、あの場で相当今利君をなじったでしょ。有沢さんも謝りに行かないと」
「私も? だったら他の子はどうなるの?」
「声かけられないから、とりあえず有沢さんだけでも……」
「なんで私だけ汚れ役!?」
瀧君はふてくされた有沢さんに厳しく当たる。
「岸凪が謝るんだったら、実花も謝らないとダメだろ。ずっと疑ってたんだし」
「だったら爽平も来てよ。あの場にいたじゃん」
こうして、とりあえず三人、真相にある程度近い人物が放課後に今利君に謝りに行くことになった。
犯人捜しの収穫はなく終礼。生徒が散らばっていく中で、僕はサッカー部室に行く前に、まだ席に座っていた秡川さんの前に立った。
「秡川さん、黙っていていいから聞いて。秡川さんにへんなことを言わせた犯人は今利君じゃないよ。今利君がなにもしなくなってからも被害者がいたんだ」
秡川さんが顔を上げた。僕は営業スマイルを作って「そうだよ」と肯定の意味を込めて首を縦に振る。
「僕は今から今利君に謝りに行くんだ。無実の罪を被せてごめんなさいって。秡川さん、今利君のこと気にかけてるから、そのことだけ知って欲しくて……」
《行きます》
秡川さんは強い口調で言う、その先読みが僕の頭の中に響いた。
「行きます」
秡川さんはしっかりとそう答えると席から立ち上がった。これは止めないと。
「いいから。秡川さんは関わらなくていいから」
《私だって今利君に無実の罪を被せたんです。謝らないといけません》
秡川さんの凜とした言葉が口から出る。
「私だって今利君に無実の罪を被せたんです。謝らないといけません」
秡川さんと僕では役者が違う。その一言で空気が締まる。こうなったら僕には秡川さんを止められない。
「じゃあ、謝りに行こう」
僕たち二人は揃って教室を出た。
サッカー部員の瀧君は先に部室に行っている。有沢さんとは途中で合流。秡川さんがついてきたことに驚いていた。
僕たち三人がサッカー部の部室に入ると、今利君はロッカーの前にいた。人数に比して狭い部室だから人の肩が触れあうくらいなのに、これまで人に囲まれていた今利君は周囲と壁ができているように見える。
瀧君が今利君に呼びかける。
「今利、岸凪と実花が話があるって言ったろ? 二人が来たよ。秡川さんもいるけど」
秡川さんは落ち着いて言葉を発した。
「私も二人と同じ用です」
今利君はロッカーの方を向いたまま、つまり僕たちには半身で答える。
「用って何?」
その言葉には今までにないトゲがある。あの一件は今利君を変えたのだろうか。
ここでひるんじゃダメだ。といっても平身低頭で謝るだけ。
僕は今利君が見えなくなるまで頭を下げる。
「今利君、金曜日の話だけど」
「あれがどうしたの?」
「実は今利君が魔方陣みたいなものを取り上げられてからも、言いたくないことを言わされた子が他にいて、今利君が犯人じゃないって分かったんだ。嘘で今利君を孤立させて……ごめんなさい!」
僕は最後に言い切った後、左に立つ有沢さんに向けて手で下に押し下げる仕草をした。すると右に立つ秡川さんが頭を下げた。
「ごめんなさい」
高くて品のある、後悔にまみれた声がした。
遅れて有沢さんが言う。
「勘違いであんたのことを責めて、ごめんね」
有沢さんが頭を下げたのを感じた。
部室の中でサッカー部員の視線が僕たちに集中する。
今利君が言葉を発するまでの時間がとても長く思えた。
今利君は体勢を変えず半身で答えた。
「その子に悪い噂が立たないことを祈るよ。それで、君たちはなにができるの?」
なにが? なにをできる?
そうだ。なにもできないんだ。今利君は無実だったと信じてもらうには僕たちの力は足りない。僕は自分にできることの乏しさを伝える。
「謝ることができるだけです」
今利君の返事は先読みでも僕の言葉に被らないくらい遅かった。
「そう。なにもできないんだね」
「はい」
そう。僕にはなにもできない。
瀧君がいら立っている。
「今利、せっかく岸凪が謝ってるのに、その態度はないだろ」
その一言にも今利君は間を置いて答えた。
「別に恨んではいないよ。もう終わったことだから。岸凪君達のことは気にしていないよ。全く。気にしていないから、帰っていいよ」
好意の反対は悪意ではなく無関心だという。今利君は僕たちに全く無関心だった。
ここはもう下がるしかない。
「失礼します」
一言言って、頭を下げたまま後ろを向いて、サッカー部の部室を出た。後ろから有沢さんと秡川さんが部室を出て出入り口の扉を閉めた。
有沢さんはあきれ顔である。
「ひっどいもんね。犯人じゃないと分かっても、あの態度じゃね。化けの皮がはがれるとあんなもんか」
秡川さんは金曜日のあの場と同じように悲しい顔をする。
「私たち、今利君にひどいことをしたんですね」
「そうだよね。ひどいことしたよね」
僕は力なく答えた。教室に帰る、その足がとても重かった。
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