3-2 最後の一言はいかにも悪役っぽくて、自分が漫画の登場人物になったような気がする
秡川さんを見ると、秡川さんは周囲を見回している。
ごめんなさい。僕が悪かったです。
心の中で秡川さんに謝った瞬間、僕と秡川さんの目が合った。
僕は秡川さんの顔を見つめてしまった。綺麗な子だったから。
その秡川さんがなぜか立ち上がった。そして、なぜか、僕の方に向かって歩いてきた。
歩いてくる秡川さんに僕は何の対応もできない。机に身体を預けて、肩で息をして、横目で秡川さんが歩いてくるのを見る。
果たして秡川さんが僕の席の隣に来た。机に身体を預けて下から見上げると、綺麗な顔の下で、胸が制服を大きく持ち上げているのがよく見えた。そんなものを見てしまうと罪悪感が倍になった。
《何を見てたんですか?》
え? 秡川さんが、自分でしゃべった? それも僕に?
秡川さんが初めて自分でしゃべった言葉は、丁寧だけれども、敬語だし、僕とは心理的距離を置いていて、そして静かになじっていた。
どう答えたらいいんだろう。分からない。
驚いているうちに口が動くときが来る。
「何を見てたんですか?」
周囲が再び驚きに包まれる。「岸凪、お前、何をした?」とか言われても、僕にも訳が分からないんだから。
「珍しかったから、見てただけだよ」
そう言い返すのが精一杯だった。
秡川さんは厳しい表情で僕を見ている。
《私に勝手なことを言わせませんでしたか? あなたも他人が変なことを言ったことにさせたいんですか?》
え?
秡川さんのトラックに現れた一言は、僕が隠したかったことに直に触れている。
秡川さんは秘術について知っている? 僕がそれを使ったと怪しんでいる?
そして今は周囲の視線が僕たちに集まっている。
僕は何も言えない。
秡川さんの口が動く。
「私に勝手なことを言わせませんでしたか? あなたも他人が変なことを言ったことにさせたいんですか?」
「そんなことしてないよ。お願いだから信じて」
僕は誤魔化すことしかできない。
キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン
教室のスピーカーからチャイムが鳴り響いた。
秡川さんは大きな目に力を入れて僕を睨むと、きびすを返して自分の席へと戻っていった。
僕はゴングに救われたボクサーのようだ。力なく、机に突っ伏した。
授業中、先生の説明も同級生の返答も、二重に聞こえているのに全く頭に入らない。頭にあったのは、秡川さんの一言。
私に勝手なことを言わせませんでしたか? あなたも他人が変なことを言ったことにさせたいんですか?
秡川さんは気づいていたのだろう。自分の口が勝手に動いて思ってもいないことをしゃべり出したことに。そこで僕が不自然に秡川さんを見つめていたものだから、僕がしゃべらせたと当たりをつけたに違いない。秡川さんは最近の噂は知っていたのだろう。
あれ? 一つ気にかかるぞ。
あなたも他人が変なことを言ったことにさせたいんですか?
あなたも、ということは、他に同じ事をした人を知っている?
秡川さんから話を聞けば、他人の発言を書き換えている人にたどり着くんじゃないのか?
しかし、だ。秡川さんが抱く僕への印象は最悪。自分に勝手なことを言わせた人間に誰が協力するだろう。きっとさらに変なことを言わされると警戒するだろう。
警戒? むしろ好都合じゃないのか?
その考えは我ながら悪辣だった。
秡川さんは勝手に口が動くことを警戒しているはずだ。もし、勝手にしゃべらせられたくなかったら隠していることを打ち明けろ、と脅したら? 万に一つだけれど、話に乗ってくる可能性がある。
僕も犯人を見つけるのになりふり構っていられない。この好機は見逃してはいけない。
早く被害を食い止めるためなんだから。
僕はその一言で自分を誤魔化した。
ノートの端を破り、文字を書きつける。
さっき、
「あなたも他人が変なことを言ったことにさせたいんですか?」
と言いましたね。
僕と似たことをしている人を知っているのではありませんか?
今日の放課後、その話を二人きりで教えてくれませんか。
断ったら何が起きるか、分かっているでしょうね?
最後の一言はいかにも悪役っぽくて、自分が漫画の登場人物になったような気がする。
チャイムが鳴って授業が終わり昼休みに入ったところで、僕は秡川さんの席の横に来て、折りたたんだ紙の切れ端を机に置いた。
秡川さんが僕を睨む。僕は無言で営業スマイルを浮かべて、紙の切れ端をより秡川さんに近くなるよう押し出す。
無言のまま、五秒、十秒。
秡川さんは怒りの表情を浮かべて紙をひったくった。僕は笑みを大げさにした。
とりあえず受け取ってもらえた。返事はこれからだ。
瀧君と有沢さんの教室に行ってお弁当を食べている間、二人の話は耳に入らなかった。
僕が自分の教室に戻ると、秡川さんが僕の席に近寄って小さな紙を机の上に置いた。表情は厳しい。僕はひとまず笑みを浮かべて紙を受け取る。秡川さんが席に戻った後、その紙を開いた。
私が知っていること、話すのはかまいません。
岸凪君は最低の人間ですね。
そんな最低の人間が二人きりになって何をしたいのですか?
交渉は半ば成立。後はこちらに近づいてくれるように警戒を解かなければいけない。
ノートの切れ端に次のように書いた。
衆人環視で僕がおかしな事をできないよう
市立図書館の閲覧コーナーで話をしましょう。
終礼が終わったら
一緒に学校を出ましょう。
僕が秡川さんの席に行き机に紙を置くと、秡川さんは一応受け取った。その返事はなかった。
そして終礼が終わったところで僕が秡川さんに近づき促すように会釈をすると、秡川さんは警戒しながらも首を縦に振った。
交渉成立。
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