6-1 証拠ならある。山ほどある。

 僕が和良差さんと郡山さんから、他人の口から好き勝手な言葉をしゃべらせる秘術を授かってから、何をした?

 秡川さんが再び言葉を口にできるようにした。その後で信頼を失ったけど。

 瀧君と有沢さんの仲が壊れるのを防いだ。これはうまくいった気がする。

 けれど、本来の目的である、同じ秘術を使う生徒を見つけ出す仕事は、まだできていない。見つけ出すための算段も立っていない。

 困った。真に困った。本当に困った。

 このまま校内で言いたくもないことを言わされる人が増えていくのを止められないのは心苦しい。そう思うだけの良心はあるつもり。

 自分が使ってるじゃないかって? 身体へのダメージを経験すれば、そんなにバカスカ使っていい術でないのはすぐ分かる。

 同じ術を使っている人間はどれだけ命を削っていることか。なにを考えて術を使っているのか、僕には全く想像がつかない。

 ふぅ、困った。


「岸凪、ちょっといいか?」

 二時間目が終わった後の休み時間に隣の男子から声をかけられた。小声で。

 まいったなぁ。どうせ秡川さんのことだろう。根掘り葉掘り聞かれると面倒だなぁ。

 話しかけた顔を近づけてひそひそ話をする、その十秒前に先読みで声が聞こえる。

《岸凪は、他人におかしなことをしゃべらせる魔法があることを聞いたことあるか?》

 背筋に氷水を入れられたような気がした。

「岸凪は、他人におかしなことをしゃべらせる魔法があることを聞いたことあるか?」

 話しかけられたとき、僕は目の前にあった彼の目をのぞき込んだ。その目は遊んでいなかった。

 重大なことは話せないけど、話を合わせなければ。

「噂だけなら聞いたことある。知り合いの女子から聞いた。本当かどうか知らないけど」

 最後の一言に相手の言葉の先読みが被る。

《今利が使ってるって話、聞いたことあるか?》

 今利君? あの今利君が?

 でも、だ。証拠ならある。山ほどある。

 有沢さんは瀧君を差し置いて今利君への声援を言わされていた。

 秡川さんは今利君を誘惑しようとする卑猥な発言をさせられた。

 紅白戦ではギャラリーの応援を独占していた。

 そんな証拠が山ほどある。

「今利が使ってるって話、聞いたことあるか?」

「僕が話を聞いた女子は、今利君が怪しいと言ってた」

 僕が話を合わせると、彼は周囲を見回して、小声で届くように顔を近づける。

「最近、女子の間で噂になってる。勝手に今利のことが好きなことになってるって。岸凪は怪しいと思わなかったか?」

「あの今利君だから、違うんじゃないかと思ってた」

「あいつ、相当腹黒だぞ」

 腹黒

 彼が最後につけた言葉は今利君が周囲に振りまいているイメージとは真逆だった。

「そうか、気をつけるよ」

 僕が軽く答えると彼は納得したように顔を遠ざける。そして自席に座ってスマホを操作し始めた。彼がなにを考えているのか、僕には読みかねる。

 僕が休み時間に校内を歩き回っても術の証拠をつかめないまま時間が過ぎ、学校は終礼。先生が連絡事項を伝えて、挨拶して、みんなが散り散りになる、そのとき、女子が三人、帰ろうとしていた秡川さんの前に立った。

「秡川さん、嫌かもしれないけど、ちょっと話を聞いて」

 秡川さんは口では返事しなかったが、その場から去ろうとしなかった。秡川さんが動かないのを見て、真ん中の女子が話しかける。

「秡川さん、先週の金曜日にサッカー部の応援をしてたとき、その……ふしだらなことしゃべったでしょ?」

 秡川さんがきびすを返した。話は決裂したか。

 話しかけた子が呼びかける。

「待って! それって、言いたくもないのに口が勝手に言わなかった?」

 秡川さんはハッとして振り向いた。三人の正面を向いて、小さな声で、一言。

「ハイ」

 返事を聞けた三人は深刻そうに伝える。

「実は、今利君が、変な術を使って、女子におかしなこと言わせてるらしいの。被害者は秡川さんだけじゃないって」

 今利君の名前を聞いたとき、秡川さんが動揺するのが見えた。夢のような王子様に射す影。

「今利君がですか?」

 秡川さんの言葉は、否定したいものを否定できない、それを手探りで確認するような弱さがある。

 三人の向かって右の子が首を縦に振った。一番左の子が話し始める。

「今、女子と知り合いの男子で、サッカー部に詰め寄って、今利君を問い詰める予定なの。秡川さん、被害者よね? その場に来る?」

 秡川さんが言葉を口にするのは少し遅れたし声は小さかった。それでも言葉を先読みできる僕には秡川さんが即答したように聞こえた。

《ハイ》

 三人が教室の外に向かうと秡川さんは鞄を自席に置いて三人の後ろについて行く。

 これは僕も行かないと。

 そのとき、まだ教室に残っていた屋村君が僕に話しかけた。

「これは面白いことになりそうだな」

 そして僕と屋村君は四人の後を追った。

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