5.一張一弛。(いっちょういっし)
ティタの朝は早い。
長く寝続けるのには抵抗もあり、またそういった環境下に晒されていた彼にとって、ゆっくりと睡眠を取ることが出来ない
起きれば憂鬱な日々の多かった彼だが、最近は楽しくてしょうがない。
イベントの前日のような高揚感でなかなか眠れない子供の様な日も多々あり、彼は毎日を楽しんでいた。
仮設の住居からそっと、皆を起こさないように出る。
以前は何人かとこうやって朝起きたりしていたのだが、最近は皆も作業に追われ疲れているだろうからと気を使い、近場の建築木材の一本を担いで歩いていく。
草原の続く平地の見晴らしのいい所に立つ。
村の方向に目を向けると、所々に明かりが灯っており、煙突から煙も上がっているところもある。
朝の準備などをしている人もいるのであろう。
ティタは軽く体をほぐすと、自重の筋トレや持ってきた木材で素振り等で軽く運動をする。
持っていた
持ってきた木材も、力自慢の村人数人でやっとという位の、まだ切り出しもしていない住居用の木材の一本で、それを担いでひょいひょい持ってこれるのは草の門ではティタとヴィート位だ。
木材の上で体術の歩行や、逆立ちしての逆懸垂など、朝の運動にしてはかなりハードな鍛錬であるが、彼にとってはまだ少なく、負荷も軽い方だ。
ひとしきり体をうごかし、仮設の居住区に戻る。
湖の村から最初に引っ張ってきた水路の水で体を拭き、顔を洗う。
小さな竈で鍋に湯を沸かしている間、大きいコップに小さいコップを乗せたような鍋を用意して、小さいコップに黒い、香りの強いマメを入れる。
そのままいれるのと、少し手でつぶして入れる。
沸騰して少し落ち着いた湯を少しづつ入れ、蒸す。
マメに漉された湯が上のコップの下に開いた小さい穴の中から下のコップに落ち、苦そうな香りが立ちこみ始める。
魔の森や灰の山に原木があり、その木を栽培して作っているコーフィーという飲み物だ。
はじめは苦くて毒でも飲まされたのかと思ったのだが、非番のビアンがこれを飲みながら「王都の人気料理百選」という本をさも紳士的に飲んでいてカッコよかったので飲み始めたのがきっかけだ。
それに、
「いつもはやいのぉ、ティタ。」
声の主に目をやると、白い服で軽い金属で装飾した「ボタン」で、数か所留めただけの、大きめのシャツの様な物を着たまだ寝ぼけていそうなステイシアがいた。
シャツはかなり長く、サイズもかろうじて肩幅が有って無いかくらいで、だらし
なくはだけた前と、ボタンを停めてなさすぎな下の辺りは、歩くたびに見えそうで見えない感じで実に目のやり場に困る格好だ。
なんでも寝るのはこれが一番楽な「ネマキ」や「パジャマ」というらしく、
機会があればみせてくれるらしいが、普段の夜着でこれほどの破壊力である。
そんなものを見たら興奮して夜も寝れない者達の一人になるであろうなと頭の中で思っていた。
そんなステイシアも朝はこのコーフィーを飲む一人で、非番で顔を出すビアン同様ティタの淹れるコーフィーを飲みに来る常連の一人だ。
最近は毎日と言っていいほど、こんな格好で飲みに来る。
ティタの沸かしている小さな竈の、近くにある調理台兼テーブルに備え付けている椅子に無造作に座る。
座って足を組むが、はだけすぎていて、アルテに並ぶ白い陶器のような太腿が露わになる。
足代わりの灰色の大狼も眠そうにステイシアの座った椅子の後ろで又丸くなって二度寝を始めた。
ティタの淹れたコーフィーをステイシアは受け取りまだ湯気の立つそれを息を吹きかけながら少しづつ口に含む。
「苦いがうまいのぉ。」
「ですよね。でも良くコレを飲もうと思った人はすごいですよね。」
「そうじゃな。まだ知れる前には「薬」として文献に残っていたくらいじゃからな。『智の勇者』が異界で良く飲んでいた物の似た物らしく、ひろまったようじゃ。」
そういってティタのコップの横に置いてある本を顎で指す。
他の人がそういう行為をすれば嫌悪感がさきにはしるが、裏表のない純粋な「色気」しか出ていない彼女の仕草は逆に普通の仕草で違和感も無い。
その本はステイシアが貸してくれた本の一つだ。
このあたり一帯の植物の種類や名前の載った書物で、住むにあたっての知識として、ビアンに聞いていると、村の無料で貸し出せる本の場所をビアンが教えてくれた。
スチュアートが子供達に絵本や物語の読み聞かせにせがまれ、よく利用しているらしく、村中に入るのも、村民に警戒されるかもと彼に詳細を聴いている時にステイシアが絡んできて、それならと貸してくれたのが始まりだ。
ティタはコーフィーを読みながら本を読むビアンのスタイルをまねしているだけでなく、純粋に知識も欲する文武両道な武人の一人であった。
確かに見た目は脳筋そのもので、この村を攻めた時などは力押しであったが、彼の思うとおりに動く、自警団と同じような面子であれば、ヴィート達も苦しめられたかもしれない。
現に「チェス」や「リバーシ」といった盤上の遊具でヴィートははじめこそ勝ったものの、すぐさま勝てなくなり、いまではビアンといい勝負をする。
ビアンが来るのも、「類は友を呼ぶ」というところかもしれない。
「これ、少し飲みやすくなるんですがどうですか?」
ティタは小さい水差しの様な物をステイシアに渡す。
「羊の乳を少し温めて漉したものです。」
「ぬ、「砂糖」も少し溶かしておるな。」
「さすがステさん、きづきました?」
「うむ、おぬしもなかなかじゃな。今度おぬしの作る晩飯も食べにこよう。」
ステイシアはえらく気に入った様で魔法石でビアンやアルテに何か言っている。
後日コーフィーに入れる「ミルク」として村にひろまるものである。
「大したおもてなしはできませんが、みなもよろこびます」
ティタは部下達の喜ぶ顔を想像した。こと「姐さん」とステイシアを慕う者達だ。
その時は何を作ろうかとティタは考え始めた。
「なんじゃ?わしほどの美女を差し置いて物思いに更けるのか?おぬしも
コップを両手で持ち、上目遣いでティタを見るステイシア。
これまたティタから見ればはだけた衣服からステイシアの豊満な胸があふれ出てきそうな絶妙な角度だ。
「す、すいません。」
なすすべも無くこういう時は素直に謝るべきとティタの本能がすぐさま決断をくだす。
「きょうはワシに付き合ったもらうからのぉ、考える暇など無いかも知れんぞ」
え?と顔を上げたティタの目の前には、ステイシアの胸の辺りの服につけた蝶の飾りがキラキラと光り、今にもその豊満な胸の華畑から飛び立ちそうであった。
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