9.流転

 森の門がゆっくりと開き、柵にくくり付けられた人達が、その拘束から放たれ、その柵を担架代わりに、何人かの兵士達と一緒に街の中に運び込まれていく。

 森と町の間にはクロスボウを持った兵士と盾を持った兵士の二人組が等間隔に警戒し、森の中にはルラースの『聖域』に守られた、クロスボウを持つ兵士と盾と剣を構える兵士が、彼の周りをゆっくりと移動していた。

 「魔法石が点滅するようなら私の近くに。大物や手に負えない相手は自分が行く。」

ルラースが言うや否や、大きな黒い犬のような獣に乗ったゴブリンが飛び掛かってくる。

 ゴブリンライダーと言われ、大きな犬のような獣を操るゴブリンで、機動力となる獣も凶暴で、かなりの脅威だ。

 だが、ルラースは挨拶をするかのように、ゴブリンライダーに手を挙げる。

 そこから雷光のような光が一閃。

 黒焦げになったゴブリンと獣の姿焼きが出来上がった。

 「弓隊は急所に向かって、落ち着いて撃て。盾兵は弓兵を守るように。」

 圧倒的な力を披露するルラースの言う言葉に、彼らはただただ言われた通り忠実に敵を仕留めていく。

 南の方角から、金属音が響き、その音はルラースに向かって大きくなっていく。

 ヴィートの剣で、パーチの槍で、スチュアートの盾やフレイルで、切り捨てられ、貫かれ、弾き、殴り倒されていくゴブリン達。

 「よ!ルラース♪」

 ヴィートの一閃が、二組の間を阻む最後のゴブリンを切り捨てながら、明るい声を響かせた。

 一団は一度道に出て、広範囲のルラースの索敵魔法で周囲を確認した後、森の門

に、道を通って戻っていった。

 死体になってもはた迷惑な者達ではあるが、それをむさぼる獣たちも何匹かはいるので、とりあえずそのままに彼らは帰路に就く。

 大櫓の連絡をルラースは持っている魔法石から聞いていた。

 無線のようなもので、同調している魔法石なら、すべての会話を聞くことができるのだ。

 「さて、次はどんな客かなw」

 ヴィートだけは楽しくてしょうがないのか、笑いながらそう言った。


********************


 ビアンは移動した湖の門の櫓で、眼前に広がる光景を、幾通りの思考を頭の中で巡らせながら見ていた。

 湖と町の間のやや南に下った広い平地に、かなりの規模の「軍隊」がきた。

 軍隊と言う表現も、革鎧や、ルラースのように金属の全身鎧を着こみ、馬鎧を装備した軍馬に跨る騎馬隊も見て取れ、門の方向、ビアン達のいる対面に騎馬隊をずらりと並ばせて、その後ろに簡易的な幕舎を歩兵たちが建て始めていた。

 帝国の国旗。

 その国旗の下の模様や形で、どこの国のどこの部隊、隊長の位なども読み取ることができる。

 とはいっても帝国でも数百、王国でも片田舎併せてかなりの数になる。

 上級貴族の家紋などを作ったり記憶している紋章官で無ければすぐにはわからないだろう。

「国軍辺境領、半妖魔戦団。最近できた隊か。」

 ビアンのの記憶に、すぐ隣の帝国の辺境領の紋章の記憶が当然のごとくあり、そこの半妖魔戦団であることはすぐに分かった。

 領土と言っても表向きは固いのだが、その実裏を返せば普通に知り合いがいるので行き来出来たりするものというのは、その付近に住むものなら当然のことである。

やれ、領地が、税金がというのは中央の、贅沢することしか知らない、世間知らずな貴族や上級階級の考えだけでしかない。

 絶対的な権力があるといえど、その力は辺境の地には届いていないことも少なくはない。

 知り合いの顔も見えず、ビアンの観察眼に魔族の戦士の姿も数人捉えられている。

 隊の部隊番号も無くだが、装備や旗は偽物ではない。

 ビアンはこちらに近づいてくる騎馬をみた。

 赤黒い肌、異様に伸びた下犬歯、頭を守る髪や眉毛も無く、大きな角が額の真ん中から生えていた。

 がっしりした体躯は、力を入れれば着ている鎧を、内側から弾き飛ばしそうな程がっしりとしていた。

 そんな角マッチョを乗せた馬も、半妖馬だろうか、ひときわ大きく、そして禍々しいオーラを放ち彼をのせている。

 帝国の国旗の紋章が入った馬鎧を装着し、一際存在感が大きく、目立っていた。


「私の名はティタ!帝国半妖魔戦団の一隊長だ。こちらの『湖の街』を守る守護隊の頭と話をしたい。」


・・・・あくまで、まだ、「村」だけどな。

 そのあたりの隣国との事情に通じているビアンは、あえて心の中で突っ込みながら櫓の上から声をかける。


「『湖の』護衛隊、銀狼騎士団団長は現在不在。一隊長は「名も無き森」でおられる。代わり、代行のビアンが話に応じおう。

 しかし、事開戦の申し立てでは私の一存では測れぬ上、少しの間お待ち願いたい。

そちらの幕舎とこちらの門からの中間地点で、記録官を含めて場を設けたいが如何に?」


「承知した。用意ができ次第伝令をくれ。」

 ティタという角の魔族は反転して騎馬隊の中に入っていく。


 帝国。とはいっても王国とは違う絶対王国というわけでなく、帝国の皇帝至上主義のような国の体制ではある。

 でもそれは中央の、階級や勢力に染まったウマシカな人達の中だけのことで、周りの領地ははっきり言って「適当」だ。

 再度言葉を変えて言うが、帝国や王国も、そこまでの国の威光を隅々に巡らせることはできない。

 その辺りはところが多い。

 帝国の辺境領からしてみれば、湖の恵みで豊かになったこの地が、巨大な砦となって攻めてくる前にという感じであろうか。

 水の資源と辺り一面家畜の放牧にも事欠かない草原、そして農業を行える肥沃な畑。

 軍隊の布陣も、畑や道を荒らすことなく配置している。

 陣取り合戦後そっくりそのまま頂こうという考えは丸わかりだ。

 ビアンの頭の中では、すでにいくつもの思考がめぐりまわっていた。

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